『〈繋がる力〉の手渡し方』 「行動する思想家」の集大成


社会
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『〈繋がる力〉の手渡し方』野本三吉著 現代書館・2484円

 本書は野本三吉(本名・加藤彰彦)という「行動する思想家」の74年間の集大成である。この一冊の中に、野本さんの個人史と家族史が刻まれ、仕事の履歴と人々との出会いの記録が凝縮している。

 彼は常に全力投球で人生に挑戦してきた。20代は横浜で小学校教諭を4年半勤めた後、「コミューン」を求めて北海道から沖縄まで放浪する。30代は横浜市職員となり日雇い労働者の町・寿町でソーシャルワーカーとして大奮闘。40代は児童相談所のケースワーカー、50代は横浜市立大学の教員に転身した。

 そして60代は憧れの沖縄大学へ移り、最後は学長に。その間「沖縄子ども白書」をまとめ、子どもの「貧困調査」ほか、さまざまな仕事で多忙を極めた。そのため、体調を崩し、学長2期目の中途でやむなく退職する羽目に。

 在職中に寸暇をさいて夫婦で「琉球弧45島めぐり」を敢行、5年を費やしたフィールドノートは『海と島の思想』という大著になった。驚くべきエネルギーである。

 野本さんの半生は、“あるべき共同社会”を模索する旅で、根底にあるのは「共生の思想」。彼の個人誌「生活者」および「暮らしのノート」を長年愛読してきた私には、その清廉な生き方は高村光太郎の「道程」を思わせる。「僕の前に道はない 僕の後ろに道ができる」というあの著名な詩だ。

 野本さんは現在75歳。長い遍歴を終え、横浜市の田谷という町へ帰還した。まだ自然が多く残る故郷だが、周辺は高速道路が建設中だ。この墳墓の地にしっかり根を下ろし、地域住民と共に生きる決心をし、田谷長生会(老人会)へ入会。この4月会長に推薦されたという。

 さらに昨年横浜で市民の相互交流の場、市民の自由大学を目指して「泰山塾」を仲間と立ち上げた。この「泰山塾」と長生会が今後の新たな活動の場になる。仕事が趣味のような野本さんに“引退”はない。命ある限りその活動は続くだろう。

(木村聖哉・フリーライター)

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 かとう・あきひこ 1941年東京都生まれ。沖縄大学名誉教授。小学校教員、児童相談所のケースワーカーなどを経て沖大教授、後に学長。

〈繫がる力〉の手渡し方: 離陸の思想、着地の思想
野本 三吉
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