『〈老い〉の営みの人類学』 高齢期を主体的に生きる


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『〈老い〉の営みの人類学』菅沼文乃著 森話社・6696円

 社会的・制度的につくられてきた「高齢者」像からの脱却が本書の目的である。那覇市辻地域の「村落共同体」と「老い」について、祭祀(さいし)や風習を交えて「社会的・歴史的背景と老年者個人との相互関係」を解き明かし、文化人類学的に沖縄社会における老いを意味づけている。と同時に、高齢者に求められてきた決まり切った役割ではなく、主体的に高齢期を生きる姿から「老年者からの老いへの主体的な働きかけ」を浮かび上がらせていく。

 本書の前半は遊郭に始まる辻地域の歴史的変遷や祭祀を軸に、6年間にわたるフィールドワークで接した辻に住む老年者のヒストリーを重ね合わせて、時代に翻弄(ほんろう)されつつ自らを生きる老年者の姿が描かれる。筆者が接してきた老年者たちと郷友会にも触れ、おそらく地元を知る人にもリアルな表情が浮かぶ。一方で、辻地域がたどった空白の歴史や色濃く残る祭祀の詳述は、まさに学術書としてそれなのである。

 後半では辻老人憩いの家や地域ふれあいデイサービスなど、那覇市の高齢者福祉サービスを受ける老年者が、自分にとってサービスは単なる受け取りなのか、健康改善に役立つのか、友人との交流の場なのか、人生の意味化ができる場なのかといったことを意味づけているとする。

 また、それらのサービスから距離を置くドミトリーで生活する独居老年者のヒストリーから、必ずしも人間関係や社会的役割を構築することに意味を置くのではなく、それらの獲得をも老いる過程に内包しているのだと主張する。

 筆者は「(老いは)社会や制度状況の中で老年者が積極的につくり上げるものであり、そこで行われる行為の詳細な検討から理解するべきものである」と結論づけている。高齢社会イコール課題の多い社会と決めつけて、その対処方法から議論をしている高齢者福祉の発想をいったん置いてみる。個々の老年者としての老いへの向き合い方に注目して、その主体性を引き出すという豊かな発想に転換するためにも、一読する価値のある書である。(島村聡・沖縄大学准教授)

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 すがぬま・あやの 1981年愛知県生まれ。南山大学人類学研究所非常勤研究員。博士(人類学)。

〈老い〉の営みの人類学: 沖縄都市部の老年者たち
菅沼 文乃
森話社
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