【島人の目】炎の中で母に伝えた遺言


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 2017年6月14日、イタリア人のグロリア・トレヴィザン(26)と恋人のマルコ・ゴッタルディ(27)はロンドンの「グレンフェル・タワー」での火災に巻き込まれて亡くなった。

 彼らの死はイタリア中に衝撃を与えた。2人は燃え盛る炎に閉じ込められたままイタリアの家族に電話で現場の状況を逐一、伝えていたのだ。死の直前、グロリアは受話器の向こうで恐慌に陥っている母に言った。「お母さん、どうやら私はここで死ぬことになるらしい。今日まで私のためにたくさんのことをしてくれてありがとう。私は天国からお母さんたちを見守ります」

 グロリアは昨年秋、ベニス大学の建築学科を優秀な成績で卒業した。しかし、若者の失業率が40%を超すイタリアにはまともな就職口はなかった。1カ月4万円程度の不安定な仕事に疲れたグロリアは、同じく建築家で恋人のマルコと共に仕事と夢を求めてロンドンに移住した。ロンドンでは2人ともに名の通った建築設計事務所に即採用になった。給料も26万円と新米建築家としては満足のいく額だった。それが今年3月である。

 2人は高層マンション「グレンフェル・タワー」の23階に住まいも得た。広い快適な部屋。グロリアは4月10日、高層階から眺めるロンドンの景色はすばらしいと、SNS(インターネットの会員制交流サイト)で写真付きの投稿もしていた。

 グロリアはマルコと共に幸せで希望にあふれ、仕事も暮らしも順風満帆の時を楽しんでいた。そこに事件が起こった。下層階で起きた火事は火の回りが異常に速く建物全体が一気に炎に包まれた。24階建てマンションのほぼ最上階にいた2人は逃げ道を絶たれ、閉じ込められた。両親との悲痛な電話での会話がそこから始まり、それはグロリアから母への前述のダイイングメッセージ(遺言)で終わった。
(仲宗根雅則 イタリア在、TVディレクター)