『〈犠牲者〉のポリティクス』 被害の歴史 実相に迫る


社会
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『〈犠牲者〉のポリティクス』 高誠晩著 京都大学学術出版会・3456円

 東シナ海を取り囲むようにして、直径千キロに満たない海域に、済州島、台湾、南西諸島などの島々が広がっている。これら東アジアの島嶼地域は、太平洋戦争末期から冷戦初期にかけて戦争や虐殺事件による大量死に直面した。

 1948年から1954年の間に3万人近い済州島民が軍や警察などによって殺傷された4・3事件、1947年に国民党政権の支配に抵抗する多数の台湾住民が虐殺された2・28事件、そして72年前の沖縄戦である。

 済州島に生まれ育った著者は、2003年から4・3事件の研究に取り組み、沖縄戦や2・28事件へと対象を広げつつ、東アジアの国民国家の周縁に位置づけられる島嶼部に共通する大量殺りく、人権侵害、共同体の分断といった経験と向き合ってきた。

 本書は、その多年に及ぶ研究の成果である。済州島、沖縄、台湾という「紛争後社会」を事例として、国家が提示する「過去清算」や「戦後処理」という枠組みを批判的に検討しつつ、それぞれの島嶼地域が所属する国家によって暴力の被害者がどのように「犠牲者」として意味づけられ、公認され、追悼されてきたのかを考察している。そのような「犠牲者化」の過程を検証することで、国家が「正しい犠牲者」として選別した存在のみに手厚い慰霊と補償を施してきたレトリックを問題化した。

 しかし、本書の価値は、そのような国民国家のポリティクスの解明を試みたことのみにあるのではない。その眼目は、理不尽な暴力による被害者の遺族が、その生活世界で身内の死をいかに意味づけ、日々の文化的実践を通して記憶してきたのか、その具体相を明らかにしたことにある。族譜(家譜)、墓碑、位牌(いはい)などに刻された死者の記録を基に、丹念に聞き取りを重ね、国家が強制する「犠牲者」のストーリーに回収されないレベルで語り継がれてきた被害の歴史の実相に迫り得たことに敬意を表したい。

 東シナ海の島々をつなぐローカルな経験と生活知から学ぼうとする本書を、東アジアにおける国境を超えた和解と「歴史精算」の道標として受け止めたい。(北村毅・大阪大准教授)

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 コ・ソンマン 1979年済州島生まれ、立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員。文学博士。済州4・3研究所、大阪市立大学人権問題研究センターなどを経て現職。専門は歴史社会学、文化人類学、東アジア研究。