『麻氏旧伝考~ある琉球士族の言い伝え~』 琉球史へとつながる書


社会
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『麻氏旧伝考~ある琉球士族の言い伝え~』渡口真清著 麻氏門中会・4000円

 今年は渡口先生が亡くなられて33年の節目の年である。30数年前、毎週日曜の午後、先生宅で勉強会があり、琉球史や古文書のイロハを学ぶ場であった。10人ほどのメンバーの半数はすでに鬼籍である。

 さて先生は日本赤十字社の医師として多忙な日々の中で、琉球史に関する論文を多数執筆されており、その成果は1975年に『近世の琉球』(法政大学出版会局)として刊行され、今なお研究者の必読の書となっている。先生は、ご自身の門中である「麻氏」についても多くの論文を著されていて、『麻氏旧伝考』のタイトルで上梓の予定だったという。その志を嗣(つ)いでご子息の真佐夫氏が、遺稿を整理編集したのが本書である。

 本書は6章建て279ページ、所収論考47篇で、論文集ではなくコラム集であるが、麻氏家譜や田名文書(田名家に伝来する32枚の辞令書)を読み解き、分析することを通じて、麻氏の歴史のみならず広く琉球史へとつながる書となっている。 ところで、所収の「姓名考」「まふと考」「麻氏家譜と田名文書」などの項は、家譜と田名文書と歴代宝案などを用いて、麻氏3、4、5代の中国、南蛮派遣記録について論じている。私は今年の7月の「歴代宝案校訂本15冊刊行記念シンポジウム」で、「琉球家譜」編集時『歴代宝案』を参考にしているとして発表した。1950~60年代の先生の論考に異議申し立てしたのである。

 というのも、先生は、麻氏家譜の中国、南蛮派遣記録が、田名文書に基づいて書かれていること、辞令書がない場合でも家譜編集時には存在したから書けたとする。ここまでは私も異論はない。ただ、同時に派遣された人物の記載について、宝案ではなく、相応のメモ等が存在したのだろうと主張している。しかし宝案によらずに同乗者や派遣目的を把握するのは不可能である。麻氏家譜だけでなく他の家譜の派遣記録も、宝案を参考にしたと考えるべきだろう。ともあれ、本書は、半世紀を超えて、新たな知見と論点を提供してくれる書であることは間違いない。(田名真之・沖縄県立博物館美術館館長)

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 とぐち・しんせい 1914年、那覇市松山生まれ。九州帝国大医学部卒業。74年に「球陽」(読み下し文)を出版し、第2回伊波普猷賞を受賞した。85年に死去、同年12月に第3回東恩納寛惇賞を受賞した。