『歌集 夏の領域』 柔軟に向き合う詠


社会
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夏の領域―歌集

 

『歌集 夏の領域』佐藤モニカ著 本阿弥書店・2808円

 第一歌集の巻頭歌はその人の特色を反映すると言われ啄木の『一握の砂』は「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」だが、『夏の領域』の次の巻頭歌はどうか。

 一つ残しボタンをはづすポロシャツは夏の領域増やしゐるなり

 ボタンを外す開放感がアクティブな青春を思わせて読者をぐいと惹(ひ)きつける。同じ一連には「『ずつと一緒』のずつととはどのあたりまでとりあへず次は部瀬名岬(ぶせなみさき)」もあり、伸びやかでスピード感のあるこうした世界に私たちは、ああ健やかで行動的な新人が登場したな、と期待を膨らませた。

 結婚を決めたときの静かな高揚を歌った「夕空に紅色の龍あらはれるまぶしき鱗模様を見せて」も上質で味わい深い。

 夫の沖縄赴任に従って佐藤は沖縄の人となるが、巻頭歌の一連が沖縄での歌だったことも偶然とはいえ縁(えにし)を感じさせる。

 自在な表現力を持ったこうした新人が沖縄に根を下ろしたときにどんな世界が表現されるのか。これは新しい沖縄詠の第一歩を記した歌集でもある。

 どちらが勝つても悲しいものが残りさう夫と連れ立ち投票へ

 セカオワを聴きつつ曲がるカーブなりこれより沖縄どこへ行くのか

 次々と仲間に鞄持たされて途方に暮るる生徒沖縄

 短歌は暮らしの文芸だから今日の日本に生きる私たちにとっても沖縄は困難で切実な主題である。平山良明や比嘉美智子世代の沖縄、名嘉真恵美子世代の沖縄、それぞれの体験に裏付けられた分厚い成果があるが、そこにどう新しい沖縄詠を加えるか。三首目の軽さを懸念する人もいるだろうが、軽さの中にも沖縄の不条理は生きており私は共感する。柔軟で切実で、素手で現実に向き合う沖縄詠の可能性がここにはある。そうした手探りに交じる次のような沖縄ならではの相聞も楽しみたい。

 さーふーふーはほろ酔ひの意味さーふーふーの君と月夜の道歩き出す

(三枝昴之・歌人)

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 さとう・もにか 1974年生まれ、千葉県出身。竹柏会「心の花」所属。2013年より名護市在住。15年に小説「カーディガン」で九州芸術祭文学賞最優秀賞受賞。17年に詩集「サントス港」で第40回山之口貘賞受賞。