『琉球文学論』 独特の感性放つ幻の本


社会
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『琉球文学論』島尾敏雄著 幻戯書房・3456円

 企画して本ができあがるまで、実に40年の歳月を要したことになる。島尾敏雄が多摩美術大学で行った集中講義をもとにまとめられた『琉球文学論』が、いくつかの曲折を経てついに発刊された。

 著者の死後31年目に日の目をみたことになる。発行がここまで延びたのは「恥ずかしくてとても本にできない」(島尾ミホ「沖縄への思い」)と、著者自身がためらったからであり、あるいは発行元が倒産したからである。やはり大きいのは本人のためらいであるが、出版に情熱を燃やしていた当時泰流社の編集者、高橋徹の島尾への書簡も掲載されていて、その流れもよく伝わってくる。

 島尾は名瀬に移住するや、奄美の歴史・民俗に大いに興味を持ち、『名瀬だより』を執筆、のち奄美郷土研究会を結成、月1回の例会を開き、会報の発行などを手掛けた。その集大成として1976年には『奄美の文化 総合的研究』(法政大学出版局)も編纂(さん)している。

 それでいながら本の出版をためらったのは、島尾自身が、琉球文学の世界で大仰に振る舞いたくないという謙虚な気持ちがあったからだ。当初は『琉球文学私考』というタイトルで出すつもりでいて、川満信一の『沖縄・根からの問い』(泰流社)にも広告は掲載していた。

 今回、幻の本と言われたものが発刊されたわけだが、内容は著者のためらいを吹き飛ばすような立派な琉球文学誌であった。「なぜ、琉球文学か」「琉球語について」「琉球文学の歌謡性」「歌謡と古謡の区分」「琉球弧の歴史」「オモロ」「琉歌」「琉球の劇文学」と八つの章立てをし、それぞれの章を分かりやすく、解説している。

 中でも最終章の劇文学は、玉城朝薫の組踊「執心鐘入」を取り上げ圧巻である。「琉球文学」については専門家や研究者らによって多く論じられているが、実作者である島尾敏雄の独特な感性と視点から組踊がとらえられていて、不思議な魅力を醸(かも)している。

 そこには、「ヤポネシア」や「琉球弧」という言葉を定着させた手つきの鮮やかさも反映されていた。

(比嘉加津夫・脈発行所主宰)

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 しまお・としお 1917年、横浜市生まれ。44年10月に第十八震洋特攻隊隊長として奄美群島加計呂麻島で着任。55年に名瀬市に移住し、鹿児島県職員や鹿児島純心女子短大教授兼図書館長を歴任。86年死去。主な著作に『ヤポネシア考』『島尾敏雄・ミホ 愛の往復書簡』(共著)など。

琉球文学論
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