『武士マチムラ』 多士済済な人物生き生きと


社会
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『武士マチムラ』今野敏著 集英社・1728円

 まず、歴史や空手愛好家からしても、ワクワクするタイトルだろう。空手のレジェンド、二人の武士マチムラをはじめ、空手のオールスターが登場する。そして、出てくる地名や主人公である松茂良興作の移動する距離や時間。光の描写や、空間そして季節の香りまで、沖縄の人ならレジェンドの息遣いと躍動感を感じる。

 登場人物を通して、琉球から沖縄に変わる様子が、ダイナミックに描かれた作品だ。一気に読めた。元は、本紙の連載なので、紙幅の都合もあったと思うが、欲を言うと、もう少し書いてもらいたかった。理由を挙げるとすれば、2つある。まず舞台となっている時代は、本当に面白い。歴史で人気のある幕末である。大河ドラマ「西郷どん」が始まったが、まさにこの時代、琉球で何か起きていたのか。シーンを増やすことで、琉球から沖縄へ、より細かく世替わりを見せることができたはずだ。

 もう一つは、空手レジェンドたちは、多士済済(たしさいさい)、そして個性が強い。生き方そのものが小説のような人たちばかりである。作品中も、登場人物のキャラクターが生き生きと描かれているが、今に伝わるエピソードがたくさんある。今野氏ご自身が、一番それを口惜(くや)しく思っていることだろう。

 というのも、氏に一度お話を聞いた経験があるが、ご自身が空手をたしなむ。また、沖縄の歴史を真摯(しんし)に見つめようとする姿勢を感じた。今まで、空手を題材にした作品は数あれ、どうしたことか、本土に普及した後の時代ばかりだ。源流としての沖縄を舞台にした作品は、これまであまりになかった。沖縄の歴史が、あまり知られていないということや、空手の技を描く困難さであろう。腕を磨いたものでしか書けないと思う。

 今野氏は「義珍の拳」、本紙連載の「武士ザールー」「チャンミーグヮー」と、歴史と空手の技を両立させた。そして満を持しての「武士マチムラ」。時代のうねりを越え、やがて世界に広がり、2020年東京オリンピックの種目となる空手。2人のマチムラは想像もしなかったに違いない。(賀数仁然・琉球史芸人・放送作家)

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 こんの・びん 1955年北海道生まれ。レコード会社勤務を経て、執筆活動に専念。2008年に『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。17年に「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞した。

 

武士マチムラ
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