『人には人の物語』 目配りのたしかさ随所に


社会
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『人には人の物語』玉木一兵エッセー・論集 Mugen・2808円

 著者の目配りのたしかさを思わせる一冊である。

 「円環する時間のなかで」と題した第一章にあるのは、幼少の時代の思い出に始まって、東京遊学、長じての旅や遊びのことであるが、章のタイトルは、たしかに人生を叙情の時間ととらえた感じでうなずける。

 著者は精神保健福祉士の職業に数十年間、定年まで勤めるうちに、小説のほかさまざまな文章を書いてきた。

 これは小説をのぞいた雑文集と言いたいところだが、最も力のこもったところが、精神医療の現場についての評論である。私のような者には日ごろ縁のない分野であるだけに、いろいろと教えられた。

 病人の日常生活の部屋が、まことに雑然としているのに病人自身はそれを気にしない。その場所を「六畳の森」と称して、著者自身がそれをいつくしんでいる様子が見える。

 肉体の病気と異なる病の世界で、著者は常人の社会に住みながら、この「森」の住人たちと交わり、「人には人の物語」があるとして、自らもストイックに全霊をもってその世界と交わっている。

 第五章「メメントモリ」というのは死の世界を思うことで、第六章「逝った人」と題した追悼文の諸編とあわせて、著者の生死観のゆたかさを思わせる。私にとっても思い出の人たちがあらためてよみがえって、なつかしい。水納あきら、関広延、島田寛平、山口恒治その他。中村永徳先生への追悼は、精神病院と関わりのあることで、第七章「精神医療の現場」と関わらせて読めば、あらためて粛然となる。

 精神病院については、同じことをくりかえし述べている感じもあって、冗漫に見えないこともないが、職業的な使命感をおもんばかって読めば感動的だ。

 小説、演劇、映画、美術などさまざまなジャンルの批評が未発表稿を含めて精力的に詰められていて、読みながら「あのころ」を思いだすことも楽しい。

 雑多といえば雑多な文章の数々を、みごとに整理して読ませる編集の妙に、あらためて敬服する。(大城立裕・作家)

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 たまき・いっぺい(本名・玉城昭道) 1944年那覇市生まれ。出身は本部町浦崎。上智大学卒業。「お墓の喫茶店」で第8回新報短編小説賞受賞、「コトリ」で2009年の九州芸術祭文学賞佳作受賞。著書に戯曲集「神々の庭番」。

 

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