『八重山の芸能探訪』 民衆側に立つ歴史観


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
『八重山の芸能探訪ー伝統芸能の考察・点描・散策ー』當山善堂著 琉球新報社・3426円+税

 琉球王国時代に、役人の身の回りの世話をした島の賄(まかな)い女の多くは「現地妻」であったという。これについて八重山研究の第一人者喜舎場永珣が「役人の賄い女になることは名誉中の名誉であった」としていることに著者は異を唱え、史料や古謡の分析を通して賄い女は意に反して悲惨な運命を背負わされていたことを論証する。「安里屋ユンタ」の歌詞の異同や役人をめぐる考察は、喜舎場の賄い女観の矛盾を鋭く突くものである。 

 同様に他の島への強制移住を語る古謡の一部に移住先の暮らしを喜ぶ表現がみられることについても、ムラの人々の真意ではないことを古謡の筋を追いながら解き明かす。

 また、著名な民族音楽研究家田辺尚雄が、ユンタ・ジラバ・アヨーを称賛する一方で「赤馬節」は琉球音楽のまねで価値が低い、と断じたことへの詳細な反論は極めて明解である。

 八重山古典民謡の工工四(楽譜)編纂(へんさん)の経緯について、史料や聴き取り記録を挙げて八重山古典民謡の系譜を跡づけている。その中で八重山伝統歌謡(三線歌=節歌)の工工四編纂者は創作者または作曲者ではなく、楽譜採譜者にすぎないこと、したがって「○○流」を冠するのは伝統歌謡の誕生から今日まで関わってきた幾多の民衆への冒涜であるとの指摘は、沖縄伝統音楽全体にも示唆を与える。

 これら3つ(賄い女・田辺尚雄論考・工工四編纂)の題材にはいずれもある種の権威が立ちはだかっているのだが、著者は臆することなく批判し、史料に語らせながら論理を展開している。著者の的確な論述は、史料や聴き取り記録を丹念に分析して組み立てる、確かな方法論に裏づけられている。

 一方、歌謡にも日常会話にもみられる八重山語の「中舌音」についての整理と詳細な解明は優れた言語学の論考である。

 著者の芸能論の拠り所は黒島に生まれ、郷土愛に支えられた節歌の実演家・伝承者としての視点と、八重山芸能研究者として常に被抑圧者=民衆の側に立つ歴史観である。

(安里嗣淳・考古学研究者)

………………………………………………………………

 とうやま・ぜんどう 1944年八重山諸島黒島出身。八重山古典民謡保存会師範。法政大学経済学科卒。元県職員。幼少時から父親が弾く三線歌の中で育つ。主な著書に編著『八重山舞踊勤王流関係論考集・資料集』など。

 

八重山の芸能探訪ー伝統芸能の考察・点描・散策ー