『重力の帝国』 暗さに向き合う「希望」


社会
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『重力の帝国』山口泉著 オーロラ自由アトリエ・2160円

 3・11以後の世界をどのような形式と内容において書きとどめうるか、そのことを最も切実に問い続けてきた著者による渾身(こんしん)の新作である。著者について次のように評したことがある。〈山口泉は、今日、日本という国家の悪行に対峙(たいじ)し、最も根底的かつラディカルに発言する作家である〉と。それは、氏の『辺野古の弁証法 ポスト・フクシマと「沖縄革命」』や本紙連載中の「まつろわぬ邦からの手紙」等々を踏まえてのことである。

 それらの文脈で氏は、危機的状況への鋭い状況批評を容赦ない物言いで繰り広げてくれたのであるが、本書では「小説作品」として提示している。

 だが無論、従来の「文学」概念に回収される「小説」ではない。新たな小説を志向する方法意識に支えられた13の物語を連作形式で提示している。それは3・11破局以降の世界を痛切に予言し告発する恐るべき未来小説である。文体と内容においてもさまざまな形をとる。手紙形式があり、「重力の帝国」の悪行を抉(えぐ)り、韓国の民衆美術について述べる。第十一話では、ドストエフスキーの「罪と罰」のヒロイン、ソーニャが170歳の高齢で登場する、という具合だ。

 作中で、筆者と重なる作家、酉埜(とりの)森夫が新しい小説について述べている。〈「文学」が最優先で取り扱うべき…問題の数々が…この国では当然のごとく禁忌とされ、それらを対象とすること自体が無視と黙殺、冷笑と憎悪を以て遇される〉〈こうした状況は、《灰色の虹》が立ち“虹色の灰”が飛散するに到って、ついに決定的となった。酉埜がそれを口にすると、たちまち人びとが一様に仮面のような表情になる言葉があるのだ。(略)語ろうとしたその瞬間に、その者が制度としての「文学」のみすぼらしいギルドから完全に排撃される〉と。さてその言葉とは?

 著者は「後記」で〈世界が疑いなく暗いものであるとき、その暗さに正面から、どこまでも向き合いつづけることだけが、本当の意味での「希望」なのです〉と述べている。本書もまた、その「希望の物語」なのである。

(平敷武蕉・文芸評論家)

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 やまぐち・いずみ 1955年長野県生まれ。作家。77年、東京芸大在学中に中篇小説『夜よ 天使を受胎せよ』で第13回太宰治賞優秀賞を受賞し、文筆活動に入る。主な著書に『避難ママ-沖縄に放射能を逃れて』と同名の音訳版CD。

 

重力の帝国 La Imperio de Gravito 世界と人間の現在についての十三の物語
山口 泉
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