「南風の根(ふぇーぬにぃー)」とは、どこにあるのだろうか。島には、絶えることのない風がある-(著者「あとがき」より)。本書は、写真家・俳人の豊里友行が高校卒業直後に写真家を志した1995年から2017年までの沖縄の日常風景が連なる写真集である。
ムーチーを手にする孫の側には目元口元がそっくりな祖母。昔ながらの市場、遊ぶ子どもたち、祭り、農作業のお年寄り。ずらりと部屋干しされてる洗濯物が並ぶその上にこれまたずらりと掲げられた百日記念の赤ちゃんの額入り写真。拍子抜けするほど私たちの周りにある「ふつう」の風景だ。『オキナワンブルー-抗う海と集魂の唄』(「さがみはら写真新人奨励賞2017」)など、これまでの写真集にある辺野古の現場や米軍基地周辺の風景はない。著者が痛切にときめいてやまない、愛すべき沖縄の淡々とした日常が写しだされている。
そんななかに、山之口貘の詩「ねずみ」を彷彿(ほうふつ)させるような平たく干からびたカエルの写真がある。貘がみた「もりあがっていた」ねずみは、「いろんな車輪がすべって来てはあいろんみたいにねずみをのし」、「ねずみでもなければ1匹でもなくなってその死の影すら消え果てた」ように、あのカエルもペラペラとひらたく消え果てただろう。
次々と建てられるショッピングモールに客足が途絶える市場。継承者がなく存続が危ぶまれる集落の祭祀(さいし)。観光・研究など消費の対象と形骸化されていく風習や伝統文化、沖縄戦の記憶。苛酷ないくつもの「世(ゆー)」の車輪にのされて平たく干からび、息絶え絶えのような沖縄の状況でも豊里は「この島の南風の根は、確かに私たちのこの血潮に受け継がれている」と愚直なまで自分の生きる沖縄で写真と俳句に自らの人生を求め続ける。
二月風廻り(にんがちかじまーい)、夏至南風(かーちーべー)、新北風(みーにし)など、沖縄には風の名前が多い。島に吹く風の根は、提燈(ちょうちん)をゆらし、日の丸や星条旗をはためかせるためではないはずだ。
普遍的な南風の根をこれからも愚直に探り、撮り続けてほしいと切に願っている。(上間かな恵・佐喜眞美術館学芸員)
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とよざと・ともゆき 1976年沖縄市生まれ。写真家・俳人。99年に日本写真芸術専門学校卒業、樋口健二氏に師事。写真集に「辺野古」など。俳人としても活躍中。