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『琉球王国那覇役人の日記 福地家日記史料群』 王国末期 歴史の息づかい

『琉球王国那覇役人の日記 福地家日記史料群』下郡剛著 臨川書店・3240円

 現存する琉球の日記史料は少ない。ただ日記をつける習慣が無かったのではない。琉球王国崩壊の社会体制の変化、明治政府による王府公文書の接収、戦災等による散逸で日記史料も消えてしまった。

 本書は那覇士族である福地家日記史料群に焦点をあてた研究成果である。「日記」としているが、「親見世」という那覇(東・西町、若狭町、泉崎の那覇四町のこと)の行政機関の業務日誌という性格を持つ記録である。本書は、原史料を丹念に読みこなし新たな事実・問題提起を行った労作だ。

 これまで福地家日記史料群は「親見世」にある行政記録の筆写本と理解されていた。原本は「親見世」に保管され上記の社会変動で散逸していった。しかし本書では、この福地家に残された記録こそが、行政で「清書」された記録を書く前の「下書」だったと指摘している。

 ここでいう「日記」とは役所で過去の事例を記録して先例とし、将来に類似例が起こる場合の手本とするためのものである。そのため公式記録として記述は吟味・精査される。福地家の記録は、その下書き段階のもので清書時に落とされた重要情報も残された記録の可能性もあるのである。

 その一例として本書で有名なペリーの首里城強行訪問を挙げている。福地家の記録では、ペリーの強行訪問を記述しているが、その記述部分を四角く囲って墨書している。「記述したが、この記事は抹消する」という意味である。記録の記述者は強行訪問の事実関係を一旦(いったん)記録したが、この事案は悪(あ)しき先例と判断し記録から除外すべきと個人として判断したのではないか。

 本書の筆者は、戦災などで失われた「親見世」の清書された公式「日記」には本件は詳細に記述されていなかったのではないかと推察している。

 一例しか挙げなかったがページをめくるたびに琉球王国末期の港町那覇の歴史の息づかいが聞こえてくるような一書である。琉球史に関心のある方はぜひ一読いただきたいと思う。

 (上江洲安亨 琉球歴史研究者)

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 しもごおり・たけし 1968年、大分県生まれ。立正大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。沖縄工業高等専門学校総合科学科准教授。専門は琉球近世史・日本中世史。

 

琉球王国那覇役人の日記 福地家日記史料群 (日記で読む日本史)
下郡 剛
臨川書店 (2017-12-20)
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