本書は、第一牧志公設市場の向かい、まちぐゎーと呼ばれる場所で小さな古書店を営む著者の3冊目のエッセイ集である。沖縄に移り住んだ著者が日々の暮らしで考えたこと、市場で本を商いながら感じたことを、不器用に咀嚼(そしゃく)しながら、短い文章で丁寧に書き留めている。
市場は大きな物語ではない。ブランド店やショッピングモールのように、わかりやすい価値を見せてくれるわけではない。でも、店の人とお客さんとの思いがけないやりとりがあり、まわりの店と融通しあう関係、お金がまわる大切さを実感する関係がある。本書の「その場限り」では、店での日々の小さな出会いが「恋人になると誓うより、仕事への志を語るより、心を本当に励ましてくれる」と語られる。
市場は、記憶を元気にする。「地元の人」や「知らない店」では記憶の豊かさが語られる。山形屋のように、那覇の人たちが記憶を共有する場所もあるが、個人の小さな店の、ほかには代えられない思い出をそれぞれの人が持っていて、それらは繰り返し語られることで記憶の中で生き続けるという。
一方で、10年前の店の風情を戦後の闇市と重ねて自分だけの記憶を作ってしまうこともある。語られることでそれも「ほんとうの」記憶と溶け合う。場所のたたずまいが人の記憶を豊かにするのだろう。
戦後の那覇という大きな物語と、小さな出会いの積み重ねでつくられる小さな物語。両方包み込むところがまちぐゎーという場所の魅力なのだと思う。
現在、第一牧志公設市場は建替え計画が進行中で、周囲のアーケードをどうするかが議論になっている。「傘」にあるように、雨も太陽も激しすぎる街で、商売人とお客さんを守るだけではなく、寄り道しながら歩く余裕と、親密な雰囲気を与えてくれるアーケード。なくなったら、一帯の雰囲気はずいぶんと変わるだろう。「古本屋のような町」に登場する「マチグヮー楽会」は毎年2月に開催される。来年のまちぐゎーの風景はどうなっているだろうか。小さな物語をたくさん紡いでくれる場であり続けてほしい。
(小松かおり・マチグヮー楽会運営委員長、北海学園大学教授)
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うだ・ともこ 1980年神奈川県生まれ。2009年にジュンク堂書店那覇店開店に伴い沖縄へ。11年7月に退職し、同年11月に「市場の古本屋ウララ」を開店。著書に『那覇の市場で古本屋』(ボーダーインク)など。