全国的に猛烈な暑さが続く中、暑さ対策として日傘を使う「日傘男子」が増えている。沖縄には約50年前から日傘を差している〝元祖〟「日傘男子」がいるのをご存じだろうか。
那覇市で万年筆店を営む渡口彦邦(とぐち・ひこくに)さん(79)。「沖縄日傘愛好会」の会長で、「男性も日傘を」と呼び掛けてきた人でもある。やっと訪れた「日傘男子」ブームに「遅いくらいだよ。日傘は平和のシンボル。みんな日傘を持ちましょう」と呼び掛ける。
夏の沖縄は日差しは強いが、気温は35度を超えることはそれほど多くない。「日傘を差せば日陰にいるのと同じ。快適」とその良さを挙げる。さらに「傘を差すと、顔を上げて前を向かないといけない。日傘は視界良好」と太鼓判を押す。
渡口さんが傘に注目したのは沖縄がまだ米国統治下にあった約50年前。今は免税品店や大型ショッピングセンターが建ち並ぶ那覇新都心がまだ米軍人・軍属の専用住宅地区(ハウジングエリア)だった頃だ。
家から店に向かうため、日陰も雨宿りする場所もない基地フェンス沿いを歩いていると、スコールに見舞われ、ずぶぬれに。ふと向かいの道を見ると、傘を杖代わりにしていた高齢者がさっとその傘を差した。「毎日傘を持てばいいのか」。それから毎日、たとえ晴れていても出掛けるときには傘を持つようなった。
「どうして雨も降っていないのに男性が傘を差しているのか」と言われても、「『日傘は女性のもの。男性が傘を差すのは雨の時だけ』というのは先入観にすぎない」と気にせず、自分のスタイルを貫いた。
■日傘とモノレールの深い関係
晴れの日も雨の日も傘を差し続けて40年近くになった2006年、「沖縄日傘愛好会」を発足させ、男性の日傘利用を呼び掛け始めた。
会結成を言い出したのは、長年の友人でもある沖縄都市モノレールの社長(当時)、湖城英知(こじょう・ひでとも)さん。暑い沖縄で歩いて駅まで行き、モノレールやバスを使ってもらうためには、歩いても暑くない工夫が必要―と行き着いたのが「男性の日傘利用」だった。
毎年5月頃には県内のメディアを訪問し、男性の日傘利用をPR。2007年には沖縄県や那覇市、沖縄都市モノレールの職員らと那覇市の中心地、県庁前のスクランブル交差点をパレードする「男性の日傘利用促進パレード」を開催。傘を差し、道行く人に笑顔で日傘の良さをアピールした。
■今だからこそ、実行11か条
会は発足と同時に「『男性の日傘』実行11か条」を作っている。それを1つずつ見てみよう。
(1) 500メートルをまず2回、日傘を差して歩いてみましょう
(2) 20分で行ける距離は、日傘を差して歩きましょう
(3) 熱中症予防のために、日傘を差して紫外線をカットしましょう
(4) 肥満防止のために、日傘を差して歩きましょう
(5) 夏休みも、歩行者天国も、日傘を差して楽しく歩きましょう
(6) 夫婦一緒に日傘を差して散策し、夫婦の絆を強めましょう
(7) 元気な高齢者の多い沖縄、高齢者の皆さんも日傘を差して歩きましょう
(8) 男性の日傘姿もトレンディー、沖縄生まれのジェントルマンになりましょう
(9) 車中心の意識を変え、地球温暖化防止に貢献しましょう
(10)一度日傘を差せば、その良さがわかる、即実行しましょう
(11)亜熱帯の新しい文化として育ちつつあることを確認し、日傘利用をさらに広めよう!
まずは歩かない県民に歩いてもらうために少しでも歩くことを推奨(1、2条)
次に健康面へのプラスの影響もアピール(3、4条)
国際通りが日曜日は歩行者天国(トランジットモール)になったばかりだったことを意識し、歩行者天国のキーワードも入れ、トレンドをおさえる(5条)
日傘を差すことで夫婦仲もよくなり、元気に年を重ねるという理想的な年の重ね方を示し(6、7条)、
見た目もおしゃれであることをアピール(8条)、環境意識もくすぐる(9条)
行動し、最後は沖縄の文化に育て上げる(11条)までを提案している。
細部まで練りに練ったであろう目配せのきいた条文だ。
■渡口さんにとって日傘とは
11か条をあらためて読んだ渡口さんは「この11条はすばらしいね。今こそ、この11か条をみんなに知ってほしい」と期待する。会のメンバーは高齢になり、今は以前のような大々的な広報活動はしていないが、渡口さんは変わらず日傘を差し続けている。
最後に「渡口さんにとって日傘って何ですか?」と聞いてみた。
「私にとって傘がある生活は平和な世界。戦争の時に傘なんて差せない」
20万人余りの人が亡くなった沖縄戦。当時6歳だった渡口さんは家族と一緒に沖縄本島北部の山に逃げた。2、3歳だった弟は米軍の銃弾の犠牲になった。「争いごとや人と比べることは大嫌いなんだよ」
UVカット効果の高いものや、ブランドものなど値が張る傘もあるが、渡口さんが使うのは2000~3000円のものだという。無くしたら困るからという理由で、傘の持ち手には名前がしっかり記されている。「365日、タクシーに乗るときもスナックに行くときもいつも持っている」といたずらっぽく笑い、慣れた手つきで傘を広げた。
(玉城江梨子)