【辺野古問題取材班】新基地建設に反対してきた沖縄県知事の翁長雄志さんの死去から一夜明けた9日午前、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前には翁長知事の死を悼み、遺志を受け継ごうと市民ら200人以上が集まった。「翁長知事は死の直前までぶれなかった。本物の政治家だった」などの声が聞かれ、涙を拭う人もいた。
午前8時から約40人の市民が集まり、歩道に設置されたフェンスと道路の間のスペースで翁長知事に黙とうをささげるなどした。
翁長さんのこれまでの政治姿勢を振り返り「今こそ翁長知事の思いを受け継ぎ、団結しよう」とあいさつが続いた。
午前中に工事車両の搬入はなく、市民らは「新基地建設をやめろ」「翁長知事、ありがとう」とシュプレヒコールを上げながら行進した。
ゲート前はたくさんの市民が詰め掛け、テントに入りきれない人が木の根元や草地に座ったり、立ったまま集会を見つめたりする人など、それぞれが翁長さんへ思いを寄せた。
県内各地からバスなどで訪れた市民らが順番にマイクを持ち、思いを語る場面も。沖縄市から訪れた女性は「翁長知事の思いを受け止めて、(新基地建設阻止へ)もっと頑張ろうねと(バスの中で)話しながら来た」と語った。強い日差しで気温が上がるテントの中では、多くの市民が話者をじっと見つめ、うなずいたり拍手をしたりしていた。翁長さんの足跡や近しい関係者の思いが載った新聞に見入る市民の姿もあった。
長崎に原爆が投下された午前11時2分には、辺野古のテントでも黙とうが行われた。【琉球新報電子版】