『あなた』 沖縄の人々の交差する人生


社会
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『あなた』大城立裕著 新潮社・1890円

 沖縄の文学を牽引(けんいん)してきた作者の最新刊。2017年・18年に「新潮」に発表した6作品を収録している。作者は1925年生であり、90歳を超えても衰えぬ健筆ぶりには脱帽するほかない。作者が本格的に私小説を書いたのは15年に川端康成文学賞を受賞した「レールの向こう」がほぼ初めてらしい。その延長線上にあるのが本書収録の作品ということになろう。

 表題作「あなた」では、「私」が入院経験や職歴など自身の人生を振り返りながら、亡くなった妻との思い出を述べてゆく。妻を「あなた」と呼び、「あなた」へ語り掛けるような文体で、共に過ごした時間を確かめながら読者に示してゆく。静かな愛に満ちた滋味ある作品である。

 「辺野古遠望」では、辺野古移設に対する「私」の考えや、防衛省の工事を受注することに葛藤する建設会社社長の「甥(おい)」の姿などが描かれる。他にも反対派や防衛局職員も登場する。辺野古は他の文芸ジャンル、たとえば短歌でも積極的に扱われているが、このようにさまざまな立場の人を射程に入れることは〈私性(わたくしせい)〉の強い短歌では充分にできていないように感じる。辺野古の複雑な状況を前に、小説というジャンルの強みを、その強みを大いに引き出す作者の力を本作に感じる。

 「御嶽の少年」は、小学生の「僕」の夏休みの日々を描く。戦前の集落の様子や人々の姿がまるでドラマかアニメでも見ているかのようにくっきりと浮かんでくる。優れた描写力が作品に奥行きと温もりを生み出しており、心地よい郷愁を読者に抱かせる。映像化されてほしい作品だ。

 「B組会始末」「拈華微笑(ねんげみしょう)」「消息たち」も含め、本書収録の作品は、「私」とその周囲の人の来(こ)し方(かた)(人生)を描いていると言えよう。戦前戦後の人々の来し方が交差し、そこに沖縄の歴史と文化、抱える問題がたち上がる。本書に登場する人物の歩みに触れながら、読者は沖縄のことを考えるのだろう。
 (屋良健一郎、名桜大学上級准教授)

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 おおしろ・たつひろ 1925年中城村生まれ。67年、「カクテル・パーティー」で沖縄初の芥川賞。93年、「日の果てから」で平林たい子文学賞。2015年「レールの向こう」で川端康成文学賞。

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