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具志頭王子眠る静岡・清見寺訪問 別の琉球塚も浜松に【80歳ナゴマサー 列島歩き】

江戸に向かう途中、病で亡くなった具志頭王子の墓=9月、静岡市清水区の清見寺

 石段が雨をはじき返す。急な勾配の道がさらに幅を狭め、より高く登るような気がした。JR東海道線の興津駅から徒歩で15分ほどにある静岡市清水区の清見寺を訪れた。ここには謝恩使だった具志頭王子の墓がある。寺の奥まったところに墓はあり、晴れていたら視界が広がり、海原が見渡せて絶景だっただろう。9月3日には、法要が行われた。

 「家康謁見(えっけん)琉球王子しのぶ」との見出しの4日付中日新聞によると、王子は薩摩侵攻後の翌年に琉球国王と共に江戸へ向かう途中、駿府城に隠居していた徳川家康に会い、その後、病気になり駿河国で亡くなった。死を悼んだ家康が故郷の琉球王国を見渡せるようにと、駿河湾に面した清見寺に王子の墓を建てたとされる。法要には、沖縄にゆかりがある市民と元県知事の稲嶺恵一さんが参列したことも書かれてあった。

 墓には、具志頭王子が尚寧王(第二尚氏王統7代目)の弟であることが刻まれている。寺には琉球の陶器や漆器に加え三線などが所蔵・展示されている。立て札に琉球王子墓・国指定文化財史跡と英語、韓国語で記されているのが印象的だった。

 別の琉球塚も訪ねた。浜松市西区にある曹洞宗圓通山西見寺と称する禅寺だ。魏氏高嶺里之子が眠っている。多くの謝恩使が「江戸上り」や帰路の際に病に倒れた。儀衛正高嶺里之子親雲上国香も最後の恩謝使の旅で亡くなった。

 京都の大黒寺には儀間親雲上、滋賀県草津市の正定寺には渡久地親雲上の塚がある。琉球の歴史を学ぶ楽しみが芽生えた。

 高知県土佐清水市の清水蓮光寺には漂着したウミンチュが眠っている。こうした一般人のことも知りたい。

 9月16日記 静岡県にて
 (比嘉良治、ニューヨーク通信員)

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 米ニューヨークに在住する芸術家で名護市出身の比嘉良治さんが80歳を迎え、東京都の日本橋から沖縄までの歩き旅をスタートさせました。列島歩きを通して出会う人や風景、出来事をつづります。