『沖縄・素潜り漁師の社会誌』生業が生みだす場所の力


社会
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『沖縄・素潜り漁師の社会誌』高橋そよ著 コモンズ・3996円

 これまでに一漁師が生業(なりわい)とする世界の自然生態的状況から、漁師を包む漁村社会の場所性と精神世界まで踏み込んで、これほどまで総合的に描いた論考があっただろうか。著者の構想する世界の大きさと深み、調査地への愛情と意欲、研究者としての分析力の鋭さが随所に感じられる。漁師の本質は海のハンター。その資質を活(い)かした漁民社会が場所の個性と力を生みだす「熱い」書である。

 本書は、宮古諸島伊良部島の佐良浜地区に、2000年以来十数年間寄り添った著者が、漁師の漁撈(ぎょろう)技術と民俗知を記載し、漁村の社会経済活動を活写し、分析した研究書である。極めて特化した漁民社会の描写であるが、読み進むうちに著者の筆力もあり、沖縄の島社会、八重干瀬というサンゴ礁の海に生きる漁師たちの民俗文化や自然観、魚の生態を読み取る漁師を描写する著者の手法と視座に魅了され、島の将来を一緒に考える自分に気がつく。これが本書の魅力である。

 著者は、まず素潜り漁師の自然認識と民俗分類を詳述し、民俗知を漁師がいかに運用するかを論じる。そして獲れた魚の流通過程を追うことで島嶼コミュニティが魚を介してどう繋(つな)がっているかを見事に炙(あぶ)り出しており、著者の調査能力が光る。

 海のハンターたる漁師の誇りと海況の変化に漁獲量や中味が、日々変化するリスクを回避するため、競りは定着せず、ウキジュという漁師と仲買の強い靭帯(じんたい)と情の経済に支えられて島固有の経済慣行が存立する根拠が説得的に示される。

 さらに著者は、自然観や社会的モラリティといった領域に踏み込む。民俗方位におけるヒューイという方忌み、人々が畏れるマジムヌを追い込み漁のように追い込んで崖から落とすカエルガマの儀礼の考察を通して、聖空間と漁場との関係など、精神文化との関係に言及。著者が研究の地平として見定める総合的視座が本書の全体を貫いており、刺激的であり、将来の更なる展開が期待される。

 (堀信行・首都大学東京名誉教授)

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 たかはし・そよ 1976年生まれ、博士(人間・環境学)、生態人類学専門。北海道出身。琉球大学研究推進機構研究企画室リサーチ・アドミニストレーター。共著に『「楽園」の島シアミル』など。

 

沖縄・素潜り漁師の社会誌: サンゴ礁資源利用と島嶼コミュニティの生存基盤