芸能・文化

『渚に立つ』 沖縄詩の根源を読み解く

『渚に立つ』清田政信著 共和国・2808円

 戦後沖縄文学のレジェンド、清田政信! といっても今文学する人でも知っている人は少ないかもしれない。清田政信は1937年、久米島生まれ、50年代後半から80年代中ごろまで活躍したが、ある病のため筆を止めた詩人である。詩だけでなく文学・美術・状況批評を手がけ、8冊の詩集、3冊の批評集を出している。彼の書くものは当時の書き手たちに強い影響を与えていただけに、不在になったころ、〈清田ロス〉という雰囲気があって、当時沖縄詩壇は、確かに〈壊滅的〉だった。彼のような先鋭的・刺激的な言葉を持った詩や批評が見られなくなったからだ。それほど清田政信という詩人の存在は大きかった。

 本書が出たのはある意味、事件である。なにしろ前著から34年もたっての出版だからだ。これは彼を読む若い世代が増え、再評価する動きが背景にある。最近出来た清田政信研究会もその現れである。未刊の文章をまとめた本書と既刊をあわせてほぼ清田政信の全体を読めることになる。

 世礼(せれい)国男、金城朝永、仲原善忠、比嘉春潮、伊波普猷、折口信夫、柳田国男、黒田喜夫、藤井貞和についての論考がある。〈沖縄・私領域からの衝迫(しょうはく)〉とあるように、学究的視点ではなく、この詩人独特の詩的感覚での解読と沖縄論である。彼らを語ることで島の風土の闇と対峙(たいじ)して生まれる詩の言葉、近代の病を体現する個の蘇生、民の原域への遡行(そこう)、古代や海や歌の感性に言及し、さらに沖縄近代に内在する村(共同体)と自意識の二重性、その宿命的な相克を問いながら、二重性のアポリアをいかに超えるかを述べる。

 出自の島(村)での体験と詩の先鋭性を語る清田の詩的言説には、わくわくし、刺激され、納得させられる。個の内域の深化による詩法、民の原域や自然の感性への下降という詩想は私自身の詩学形成に役だった。近年顕著な表層的な沖縄言説には辟易(へきえき)しているが、この書を読んで、〈沖縄というトポス〉が産出する言葉の原初と根本から向き合い、問い直さなければならない、と思った。

 (松原敏夫・詩誌「アブ」主宰)

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 きよた・まさのぶ 1937年久米島生まれ。琉球大在学中に「琉大文学」に参加。詩人。80年代後半、病のため療養に。著書に「清田政信詩集」「造形の彼方」など。

 

渚に立つ: 沖縄・私領域からの衝迫 (境界の文学)
清田 政信
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