『波の上のキネマ』 西表炭鉱舞台の映画物語


社会
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『波の上のキネマ』増山実著 集英社・1998円

 本書はキネマ(映画)の持つ夢や希望をテーマに、西表炭鉱を舞台に繰り広げられた人間ドラマである。なぜ西表炭鉱か。戦前の昭和10年代にあった宇多良炭鉱に、多目的ホールの映画館があったからだ。近代的施設を誇る炭鉱として、ジャングルの中にこつぜんと出現した炭鉱だが、労働の内実は旧態依然として圧制炭鉱であった。そうした中で映画の上映が、炭鉱員たちに一条の光をもたらし、希望へとつなげてゆく。小説とはいえ、ディティール(細部)のリアルさが、フィクションであることを忘れさせ、読者を在りし日の炭鉱社会へと引きずり込んでゆく。

 物語は兵庫県尼崎市の片隅で、昔ながらのフィルム上映の小さな映画館「波の上キネマ」が、時代の波に押されて閉鎖に追い込まれるところから始まる。経営者の安室俊介は、沖縄系の3世で、映画館は祖父・俊英が戦後まもなく建てたものだ。周りには沖縄出身者も多く、なじみの映画館であったが、閉館を決意する。

 それが新聞に報道されるや、ある台湾人から電話で、創立者の俊英はかつて西表炭鉱で働いていたのではないか、と問い合わせてきた。その人の祖父がやはり西表炭鉱で働き、俊英と親しくしていた、という。俊介にとっては初耳である。ひょっとしたら、そこに「波の上キネマ」創立の謎が秘められているのでは? と、電話の主と西表島に渡る。

 そこから話は一気に戦前の西表炭鉱へ。俊英は途中立ち寄った那覇の辻遊郭で、遊女チルーとの運命的な出会いをする。キビ刈りの仕事で賃金も5倍などあっせん人の甘言が全くのうそだと気付いたときは、もう遅かった。人繰りのムチとこん棒の下での強制労働が待っていた。炭鉱社会の人間関係や、逃亡への試みなどがリアルに描写される。俊英は炭鉱の映画館に来る興行主のフィルム入れの袋に紛れて脱出に成功し、チルーとともに尼崎へ…。

 初めて祖父の過去を知った俊介は、映画館の再建を決意、その名を「ジャングル・キネマ」とつける。エンターテインメントの手法で、歴史の追体験をさせてくれる社会派の作品である。(三木健・ジャーナリスト、西表炭坑史研究者)

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 ますやま・みのる 1958年大阪府生まれ。同志社大学卒業。2012年「いつの日か来た道」で第19回松本清張賞最終候補に。それを改題した「勇者たちへの伝言」で13年デビュー。同作は16年第4回大阪ほんま本大賞受賞。

 

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