『マンゴーと手榴弾―生活史の理論―』 隣り合う誰かに何を手渡せるか


社会
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『マンゴーと手榴弾―生活史の理論―』岸政彦著 頸草書房・2700円

 他者理解の難しさが社会学の前提となり、社会調査においても調査者はその問題の当事者なのかが議論の掛け金になることがある。人について語ることの躊躇(ちゅうちょ)と怯(おび)えの中で、私たちは口をつぐみ、そして誰かを理解しようとすることは後景に退く。隣り合う誰かについて語ることは思いのほか難しい。

 こうした他者との距離を距離として保ちながらやはり他者を理解すること、著者は一貫してそのことに取り組もうとする。

 本は、沖縄戦のさなか手渡された手榴(しゅりゅう)弾が爆発せず、そこから逃げた女性の語りから始まる。集団自決の場所から逃走する途中で父親に追撃砲があたり、バラバラになった父親の血と肉を浴びた女性に、それがかつての父であることを家族は告げない。そして母親は「平和な世界になったら、お兄さんが家族を探しに来るだろうから、お父さんが亡くなった場所がわかるよう、その木に名前を刻みなさい」と彼女に告げる。

 いまはもう年老いたその女性は、著者らにあの時を語りながら、マンゴーを差し出し、それがちょうど食べごろの温度であることを喜ぶ。あの時を聞き取った著者は、高台から海の彼方(かなた)にあるその島を眺め、いま沖縄に暮らす人びとが、そのようにして戦時を生き抜いた人びとの子や孫であるとの感慨を記す。

 語りの場にはいくつもの時間が交差する。死に向かう家族の時間、生きることを願うなかで父を亡くす娘の時間、いつの日か平和な世に遺体を探すと印を刻む母の時間、そしてその話を聞き取る著者の時間。著者の舵取りで、私たちは生き延びた人と私たちのつながりを知る。

 表紙の白と見返しの黄色に人びとの声が重なる美しい本だ。見返しの色は、マンゴーの色であり手榴弾を縁取る色である。偶然生まれ落ちた時代に拘束されながら私たちは生き、隣り合う誰かに、あるときは爆弾を渡し、あるときは果実を渡す。それは人間の幅であり、可能性でもある。私たちは誰かを理解することも慈しむこともできる。人の生へ向ける、著者の確かな確信である。

 (上間陽子・琉球大学教授)

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 きし・まさひこ 1967年生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。専攻は社会学。著書に「同化と他者化-戦後沖縄の本土就職者たち」「断片的なものの社会学」「はじめての沖縄」など。

 

マンゴーと手榴弾: 生活史の理論 (けいそうブックス)
岸 政彦
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