『入れ子の水は月に轢かれ』 水上店舗 流れ感じて


社会
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『入れ子の水は月に轢かれ』オーガニック・ゆうき著 早川書房・1944円

 「ガーブ川だよ。そして、その上にあるのが水上店舗だよ。沖縄中、みんな知っているさぁ」

 この本で鶴子オバアはそう言い放ったけれど、水上店舗とはなにか、沖縄でも知らない人は多いのではないか。

 那覇の第一牧志公設市場の向かいに建つ水上店舗は、戦後ガーブ川のまわりに起こった闇市から始まった。戦前は田んぼだった低地で、大雨のたびに浸水したため、川を暗渠(あんきょ)にして建てられたのが水上店舗だ。本書は、この水上店舗を舞台にしたミステリーである。

 長野から来た駿は水上店舗で求人の貼紙を見つけ、「水上ラーメン」の雇われ店長として働き始める。やがて不審な水死事故が相次ぎ、駿はオーナーの鶴子オバアや同居人の健たちとともに真相を追及していく。

 水死体の謎解きには、沖縄の地理や歴史が深く絡んでくる。ガーブ川と久茂地川の交わり方。塩の製法。ベトナム戦争。CIAの機密文書まで登場し、読むほどにどこから虚構なのかわからなくなる。

 そもそも、水上店舗の存在自体が虚構のようだ。川の上に建つ、現代の日本の法では認められない建物。そんなものができたのは、戦争と占領のためだ。土地を奪われた人々は「泥の川」に集まるしかなかった。琉球政府や米軍と渡りあい、必死に生活の場を守ってきた。

 小説内で、水上店舗はたびたび船にたとえられる。台風の夜を店で過ごした駿は床下に濁流の音と振動を感じ、「荒れ狂う海の上、たった一人、船に残されているような気分だった」。「建物は人々の営みを支える暗渠船だ」という一文もある。

 川を暗渠にし、海を埋め立てて生きる場所をつくってきた那覇の人々。まるで町全体が大きな船、水上店舗のようだ。

 私は水上店舗の一角で店をやっている。下に川があることはもちろん知っていたけれど、この本を読んで初めて、当時の熱気や暗渠の水の流れを肌で感じられた気がする。物語を楽しみながら自分の立っている場所を確かめられる、稀有(けう)な読書だった。ぜひ味わってみてほしい。

(宇田智子・「市場の古本屋ウララ」店主)

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 おーがにっく・ゆうき 1992年生まれ。浦添市出身。京都大学法学部休学中。「入れ子の水は月に轢かれ」で第8回アガサ・クリスティー賞を受賞しデビュー。

 

入れ子の水は月に轢かれ
オーガニックゆうき
早川書房
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