『沖縄のいない夏』 上を下への大疎開ドラマ


社会
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『沖縄のいない夏』森永洋一著 幻冬舎メディアコンサルティング・1296円

 伝説の楽土(らくど)は、東の海の彼方にあるのではなく、実は沖縄の地下深く、人知れず存在していた。国の名はニライ国、国民をニライーンチュと言う。国土も地形も沖縄とほぼ相似だが、地上の先進国に劣らぬ高度な文明国として栄華を誇っている…。

 まさに奇想天外、驚天動地の“仰天説”だが、荒唐無稽な与太(よた)話に付すわけにはいかぬ。発想のもとは、尚泰久王造営の「万国津梁(しんりょう)の鐘」にあるようだ。

 その鐘銘文に〈琉球国は南海の勝地にして/明とは上あごと下あごのごとく互いに助けあい/日本とは唇と歯のごとく寄り合いあって助け/明と日本の二つの国の中間にあって、大地から湧き出た蓬莱嶋(ほうらいじま)なり〉とある。

 つまり、地中から湧き出た島なのだ。地底に埋もれたまま、悠久の栄華を誇る“もう一つの沖縄”が存在したとして何の不都合があろうか。いわんやSF小説においてをや。

 そう、これはSF小説。そう目くじらを立てず、ここはニライ国王・世の主(ぬし)の話に黙って耳を傾けたい。

 「我々は氷河期に別の星から地球に来た。母国の星が超異常気象で住めなくなり、移住先として地球を見つけた。地球へ向かうに当たって、地球人の人事全般には一切介入しないという国是を立てた。このため地上に住むわけにいかぬ。そこで地中や海底を探査した結果、沖縄の地下に空き地を探し当て、その形状に合わせた母船を建造して地底の海盆に入り込んだしだい。いずれ人類が沖縄に渡来する。地上を彼らに奪われないため、ニライーンチュの遺伝子をもったあなた方ウチナーンチュを作ったのです」

 時は流れて幾星霜、琉球国は薩摩に侵攻され、沖縄は太平洋戦争の戦場と化した。このときニライ国は、国是のため心ならずも沖縄を捨て石にした。今また沖縄が、米朝対立で核戦争の脅威にさらされている。折しもニライ国移住星探索隊から悲願の星発見せり、との朗報がもたらされる。物語はここから一気に前代未聞の〈民族大移動〉へ突っ走るのである。上を下への壮大な疎開ドラマが圧巻だ。

 (中村喬次・エッセイスト)

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 もりなが・よういち 1959年生まれ。奄美大島在住。鹿児島大学卒業。2008年小説「あの夏にすべてを賭けて」出版。12年、南海日日新聞に小説「哀ユタ」を連載。

沖縄のいない夏
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