【豊見城】戦時中の学童疎開が縁となり、1988年に姉妹村を締結した宮崎県北部の美郷(みさと)町(旧北郷(きたごう)村)と豊見城市(旧豊見城村)は1月23日、豊見城市立中央公民館で姉妹都市盟約30周年記念式典を開いた。元疎開学童らでつくる豊見城市宇納間(うなま)会のメンバーらが美郷町から訪れた同級生らを笑顔で出迎え「今元気でいるのは、北郷の皆さんのおかげだ」と感謝し、思い出を語り合った。式典では両市町の代表や職員、若者も参加し交流が育んだ平和の絆を確かめ合った。
1944年8月から46年10月まで北郷村宇納間に疎開したのは、豊見城第二国民学校(現・座安小学校)の児童51人を含む約60人。
美郷町の沖田薫明さん(83)は戦後「(豊見城の子に)十分に食糧を分けられなかった」との思いがあったが、30年前の同窓会で「何のわだかまりもなく歓迎してくれた宇納間会の皆さんに感激した」という。
美郷町から参加した稲村文男さん(86)は、同級生の大城辰男さん(86)と固い握手を交わした。大城さんは涙を浮かべ「物資や食糧が全くない時代だったが、私たちを受け入れてくれてありがとう」と感謝。「疎開時代に培った心意気があったから、今まで生きることができた」と語った。
式典では、美郷町のエイサーグループ「うなまエイサー琉星會」と市子ども会育成連絡協議会がエイサーで共演した。琉星會の柳田竜佑さん(33)は、「つながりがなくなってしまうのは意外と簡単。僕たちがこのつながりを消さないようにしたい」と、交流の継続を誓った。
豊見城市の山川仁市長は「皆さんがまいた種が交流の輪となり平和の絆となった」と述べた。美郷町の田中秀俊町長は、同町にある西の正倉院の建築工法「校倉(あぜくら)造り」のヒノキを贈り「豊見城市と美郷町が校倉造りのように互いが支え合い、絆となりますように」と願った。