『琉球列島の里山誌』 生活に近い「ヤマ」の多様性


社会
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『琉球列島の里山誌 おじいとおばあの昔語り』盛口満著 東京大学出版会・4320円

 副題は「おじいとおばあの昔語り」だが、本書は、昭和30(1955)年頃以前の琉球列島の里山の全体像を描き、その多様性を詳(つまび)らかにした学術書である。里山とは、人里に近いヤマ(森林・原野)や水辺など、生活と深く結びついた生態系である。本土の里山を扱った本は優に100冊を超えるが、亜熱帯の里山を正面から論じた本はこれが最初だ。

 生態学を専攻する著者は、八重山で古老にジュゴン猟にまつわる古い歌を教えてもらった経験から、「暮らしの背景にある歴史の存在」に気づく。南城市での聞き書きからは、緑肥を採る山、薪(たきぎ)を集める山、カヤを刈る原野、棚田に水を引く湧水(ゆうすい)などがセットになって、シマを支えていたことを知る。この発見が著者を、人々の記憶に残る生きられた豊かな里山を記録する旅へと向かわせる。以来、11年間、寸暇を盗んで島々を訪ね、北は種子島から南は波照間島まで、21の島々の総勢171人から話を聞く。本書には統計書・地域史・研究論文も援用されているが、論拠の中心はこの「聞き書き」である。満を持して書下ろされた1冊だ。

 本書の核心は第4章「里山の多様性」にある。食料・繊維・緑肥・魚毒・薪など、生活を支えた植物利用が島ごとに詳述される。その際に、山地・丘陵の卓越する高島(こうとう)と、石灰岩台地からなる低島(ていとう)の違いに着目される。重要な植物利用については、琉球列島全域の分布図や一覧表が提示される。一例、緑肥植物をみると、クロヨナは沖縄島以南に、ソテツ葉は以北に分布し、この明瞭な差異を島の自然条件の違いと、琉球王府の農村政策という歴史性の両面から考察される。森林に乏しい低島では、人々は薪集めに苦労したが、利用された植物は必ずしも同じではなく、池間島のアダンへの特化、沖永良部島の小低木クロイゲや、喜界島のコウライシバの利用など、固有性にも論及される。

 学術書だが読みやすく、添えられた多くの植物画はどれも繊細でみずみずしい。願わくは、続編には、多様な植物で彩られる里山の全体を一望した風景画が添えられんことを!

 (渡久地健・琉球大学国際地域創造学部准教授)

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 もりぐち・みつる 1962年千葉県生まれ。千葉大学理学部卒。自由の森学園中・高校教員、珊瑚舎スコーレ講師などを経て沖縄大学人文学部教授に。4月から沖縄大学学長に就任予定。

 

琉球列島の里山誌: おじいとおばあの昔語り
盛口 満
東京大学出版会
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