台湾大保管の遺骨、沖縄に返還 63体、昭和初期に持ち出し 京大にも


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台湾大学から返還された遺骨。1体ずつ段ボール箱に梱包されている=18日、西原町の県立埋蔵文化財センター(県教育委員会提供)

 昭和初期に旧帝国大学の人類学者らによって沖縄から持ち出された遺骨63体が20日までに、保管されていた台湾の国立台湾大学から沖縄側に返還された。遺骨を受け入れた県教育委員会によると、遺骨は県立埋蔵文化財センターに保管されている。県教委は遺骨を歴史的な資料として保管することにしており、調査などを行うかどうかは「今後検討したい」としている。一般への公開は現在のところ予定されていない。

 返還された遺骨には、人類学者の金関丈夫氏が1929年に今帰仁村の百按司(むむじゃな)墓から研究目的で持ち出した遺骨も含まれているとみられる。琉球民族遺骨返還研究会の松島泰勝代表(龍谷大教授)らは遺骨が遺族の了解を得ずに持ち出されたとして違法性を指摘しており、遺骨の尊厳を回復するためには風葬地に戻して「再風葬」するよう求めている。ただ県教委は「現在のところ再風葬は考えていない」としている。

 台湾からの遺骨は1体ずつ段ボールの箱に梱包(こんぽう)されて輸送され、18日までに沖縄に到着した。現在、輸送時の箱に収めたまま埋蔵文化財センターの収蔵庫に収められている。県教委は遺骨を木製の箱に移し替え、温湿度を一定に保って保管することを検討している。担当者は「戻ってきたばかりなのでまずはしっかり保管したい」と話す。

 金関氏が沖縄の各地から持ち出した遺骨は台湾大のほか、京都大学にも保管されている。京都大は返還するかどうか明らかにしていないため、研究者らが昨年12月に返還を求めて京都地裁に提訴した。

 研究目的で持ち出された先住民族の遺骨は、世界各地の大学や博物館などが相次いで返還している。国内でも北海道大学などがアイヌ民族の遺骨を遺族らに返還した。