『基地と聖地の沖縄史』 フェンス内の祭祀に着目


社会
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『基地と聖地の沖縄史』山内健治著 吉川弘文館・2700円

 韻を踏んだ書名が、読者の興味を誘う。

 1945年の沖縄での地上戦拡大とともに、人々が暮らしていたほとんどの集落は、米軍の接収下に置かれた。米軍は、沖縄統治を決定して、頑丈なフェンスを張り巡らし、米軍と住民の暮らす空間を切断した。米軍は時折、新たな接収を行う一方で、少しずつ接収を解いてきた。今も続く新基地建設であり、基地返還である。相対的に、米軍に接収された土地がいかに広大だったことか。

 フェンスは人々の往来の制限だけでなく、集落が基地の中に消えた人々の民俗文化活動を制限した。物理的な生活変更を強いられた結果、土地に結びつく祭祀(さいし)や共同体は危機に瀕(ひん)してきた。

 本書は人類学の立場からつづってきた民俗文化の調査ノートだ。新たに基地に接収されて、移動を余儀なくされた集落、新たな土地に落ち着いた後に土地が返還された集落、基地の中に祭祀の場所を奪われた集落、土地の返還が少しずつ行われ次第に祭祀(さいし)儀礼を復活させてきた集落などが、紹介されている。いずれも、集落としてのアイデンティティー維持のため、さまざまな工夫を凝らしながら、集落の再生を図ってきた歴史をもつ。

 フェンスと隣り合わせに暮らす人々の民俗文化を知る上で、本書以上の記録はないだろう。これまで基地との関わりを人類学者が避け、調査をしてこなかったからだ。米軍の許可なく、フェンスを越えることのできない煩(わずら)わしさがあるのも確かだろう。本書の指摘の通り、沖縄を日本の「原郷」とする視点が、戦後の集落変化に向ける着眼を摘(つ)んできた。

 著者の姿勢は、戦後の沖縄を「戦争・基地だけで語るなかれ、伝統文化だけでかたるなかれ」である。基地は確かに沖縄の最大の問題である。とはいえ、現実の沖縄は単色でなくカラーで彩られている。人々の生活空間はより多種多様な顔をみせる。フェンスに接しないで暮らす人々の民俗文化の再生も、また今日的課題のように思える。

 (我部政明・琉球大学島嶼地域科学研究所教授、国際政治)

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 やまうち・けんじ 1954年東京都生まれ。83年明治大学大学院政治経済研究科博士前期課程修了(政治学修士)。明治大学政治経済学部教授。専門は文化人類学。共著「社会人類学から見た日本」「アジア世界 その構造と原義を求めて」など。

 

基地と聖地の沖縄史: フェンスの内で祈る人びと
山内 健治
吉川弘文館
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