『八重山の御嶽 自然と文化』 自然との循環関係探る


社会
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『八重山の御嶽 自然と文化』李春子編著 榕樹書林・3024円

 豊かな森に囲まれた御嶽は共同体が神々と交感し、豊穣(ほうじょう)を祈り、感謝する聖域である。と同時に祭祀(さいし)儀礼はもとより、芸能や歌謡の発生母体でもある。

 しかし急激に変化する社会状況の中で、神司の不在化、拝所の老朽化、樹木の立ち枯れなど、御嶽を巡る危機的状況が叫ばれてから久しい。

 八重山の御嶽に関する学術的な調査・研究の蓄積は豊富である。だが、こうした危機意識から生まれた研究書としては唯一、232カ所を網羅した牧野清の『八重山のお嶽』(1990年)のみである。

 この危機感は本書でも共有されているが、従来の研究書とは特徴を異にする。それは本書のサブタイトルにも現れているように、人間社会と自然環境が循環関係にあることを御嶽の文化から探ろうとしていることだ。

 本書には60カ所の御嶽がカラー図版で収められ、それぞれの由来と年中行事が見開きでコンパクトに説明されている。その数は決して多いとは言えないが、選択基準となるキーワードが「文化的面」「生態的面」「景観」にあるからなのであろう。

 また、「八重山の御嶽を考える」として李春子、花城正美、前津栄信、傳春旭諸氏の4本の論考も収められている。なかでも李氏の長文の論考、「八重山の御嶽」は多くの示唆に富む。

 李氏は、イビを中心とする祭祀空間と祈り(静)、神庭で行われる祭り(動)、御嶽林における地域固有の植生と生育状況(生態的保存)という三つの視点から、八重山の御嶽空間、祭祀空間の構造、奉納芸能、「敬森・敬水」などの特質を考察している。資料として、「御嶽の樹木誌」と古地図「八重山諸島村落絵図」が収められているのも貴重である。

 八重山の御嶽の現状は、南根腐病による樹木の被害も加わり、さらに深刻さを増している。その意味でも本書は、八重山地域の人びとの精神世界を形成してきた御嶽の意義と現状、あるいは将来を考えさせる有意義な一書と言える。

 (砂川哲雄・石垣市文化財審議会委員)

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 り・はるこ 韓国釜山生まれ。釜山女子大学、台湾大学卒業。京都大学大学院人間環境学研究科博士課程修了。学位取得、現在神戸女子大学非常勤講師。

 

八重山の御嶽(ウタキ)―自然と文化 (沖縄学術研究双書)
李 春子
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