小笠原諸島はかつて一度も大陸や日本本土と地続きになったことがない「海洋島」で、固有種が多く独自の生態系が保たれてきた。「東洋のガラパゴス」と称される島々は2011年に世界自然遺産に登録されたが、その道のりには現在遺産登録を目指す「奄美・沖縄」も直面している課題があった。外来種対策だ。
父島東側の山間部には、小笠原にのみ生息する固有の鳥、アカガシラカラスバトを保護する「サンクチュアリ」(聖域)と呼ばれる区域が広がる。柵で囲われ、天敵となるノネコが侵入しないよう安全に繁殖できる環境が整備される。
サンクチュアリができた03年当時、小笠原ではノネコによるものとみられる野鳥の死骸が多く見つかり問題となった。アカガシラカラスバトの推定生息数は一桁まで落ち込んだ。
当時林野庁に保護区域設定を働き掛けた中心となった一人が、自然ガイドの宮川典継さん(64)だ。父島でサーフショップを経営し、野生のイルカと泳ぐドルフィン・スイムなどを考案してきた宮川さんは、取り組みが「世界遺産登録につながるひな形の一つになった」と振り返る。
サンクチュアリができ、ほとんどの住民が見たことのない“幻の鳥”への関心も広がり始めた。NPOやボランティアによるノネコの捕獲活動は地域住民や行政を巻き込み、島を挙げた捕獲作戦に発展。捕獲したノネコを殺さず、本土で獣医師を通じ飼い主を探す仕組みもできあがった。
島民独自のさまざまな発案や行政と民間が一体となり対策に取り組む姿勢は、ユネスコの諮問機関であるIUCN(国際自然保護連合)の現地調査でも評価された。
父島でシーカヤックなどのツアーを手掛ける自然ガイドの深澤丞さん(49)は「観光業者も自然保護に理解のある人が多い。登録制のガイド全員が島の人なのも、森を守ることにつながっている」と説明する。今ではアカガシラカラスバトは住宅地にも現れるようになり、約400羽まで増えたという。
サンクチュアリには、資格を持ったガイド同伴でなければ入れないルールがある。絶景の自然が楽しめる小笠原で人気の観光地の南島も、ガイド付きでなければ上陸できない。こうした規制は、自然保護と観光を両立させる知恵でもある。
外来種対策には課題も残る。小笠原はカタツムリの固有種が多く、世界遺産登録の“主役”になった。だがカタツムリを食べるプラナリアや、北米産のトカゲ「グリーンアノール」などの繁殖に歯止めがかからず、対策は追いついていない。
空路がなく、都心から船で約24時間かかる小笠原には年間約3万人の観光客が訪れる。入域観光客数が年間1千万人近い沖縄と単純比較はできないが、宮川さんに世界遺産登録を目指す「奄美・沖縄」について尋ねると、こんな答えが返ってきた。「自然保護のスタイルは必ず足元にある。中央集権的でアカデミックではない、そこに生きる人が関わる血の通ったものにしないといけない」
小笠原の自然保護の根底には、住民や地域が主体的に関わる思想が息づいている。
(當山幸都)
(おわり)