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【アメリカ】ニューオーリンズ県人会 キク・マーフィーさん(国頭村出身) 気負わず、日々穏やかに

県人会メンバーとのユンタクが楽しみだと言う国頭村出身のキク・マーフィーさん

 1964年、海兵隊員だった夫と結婚したキク・マーフィーさん(83)=国頭村出身=は沖縄で出産した生後4カ月の息子と共に米国へ渡った。入国後、西海岸のカリフォルニア州から赴任地である東海岸のノースキャロライナ州まで約4千キロを汽車で横断したという。

 渡米から半年後、ルイジアナ州ニューオーリンズにある夫の実家を訪問した。夫の両親と、8人のきょうだいとの初対面を「家族全員から歓迎され、感激のひとときだった。カトリックのシスターだった義母の妹が『遠くから来たお嫁さんに優しくしよう』と家族全員に向かって言っていたことが、うれしかった」と振り返りほほ笑む。

 夫がベトナム戦争に赴き、夫の実家で暮らした。「しゅうとめと住んだ18カ月間、料理や英語などを学んだ。今の自分があるのはその貴重な日々のおかげだ」と話す。夫が再度ベトナム勤務となり、実家の隣のアパートに小学生の息子と引っ越した。

 親子で穏やかに暮らしていたそんなある日、学校から帰宅した息子がキクさんに「Jap(ジャップ)って何?」と聞いた。日本人への蔑称を意味すると知っていたキクさんは困惑した。さらに日本語を学んできた息子から「自分は日本人ではない」と否定されたことにもショックを受けた。その後の夫の転勤地では息子を私立のインターナショナルスクールに入学させた。肌の色や言葉が違う子どもたちがいる環境で学んだ息子は、人種の違いを当然と受け止め、米国と日本の両文化に誇りを持つようになっていった。

 31年間勤務した軍を退役した夫と共にニューオーリンズに移り住んだ。夫は地元のアジア人のためのフェスティバルなどでボランティア活動を続け、2009年に旭日雙光章を受章した。その夫も5年前に亡くなった。「10カ月後には金婚式が待っていた。やさしい夫だった」と振り返る。同じく軍に入隊し沖縄へ赴任した息子は、那覇市出身の女性と結婚し2人の子どもにも恵まれ、現在はメリーランド州で暮らす。

 キクさんにとって、県人会の集まりでのユンタクが何よりの楽しみだ。毎回手料理を持参し、メンバーからは「おふくろの味だ」と喜ばれている。穏やかな話し方と気負わない生き方が印象に残った。
 (鈴木多美子通信員)