社会

宮古島の根間平成さん 平成ラストデーに何を思う?

 改元が発表されて以降、全国の注目を集めたウチナーンチュがいる。その名を尋ねると、「平成です」。いやいや、お名前を教えてください? 「ですから平成です」。こんなやりとりに宮古なまりで快く付き合う根間平成(へいせい)さん(85)=宮古島市平良=は天皇陛下と同じ1933年に生まれ、元号と同じ名を持つ。30日、平成の時代が幕を閉じる。「一抹のさみしさがある」と名残惜しそうな表情を浮かべつつ、「平成になり、子も孫も立派に独り立ちした。根間家にとって良い時代だった。平成タンディガタンディ(ありがとう)」と満面の笑みをみせた。


改元の記念に末の弟宏定さんから送られたお酒を持って「泊まって飲んでいきなさい」と笑う根間平成さん=宮古島市平良

 狩俣出身の平成さんは9人兄弟の長男。先祖代々長男の名に「平」がつき、父の平昌さんが画数などを踏まえ「平成」と名付けた。30年前、自分の名前が元号になった時、名前は最良のプレゼントになったと亡くなった父に感謝した。「かつては1人か2人、平成という名前の人はいたみたいだが、今生き残っているのは私だけ」と、本人調べでは「国内でただ一人」だと誇らしげだ。

 10歳の時、戦争を体験した。古い墓を防空壕兼住まいとして、日中の米軍機の空襲を避けた。マラリアで友の命を奪われ、食糧難でひもじい思いをした苦い戦争体験から「災害はあったけど戦争がないだけ平成は良かった。戦争だけはやってはいけない」と話す。

 22歳で妻のキヨさん(84)と結婚。本土や沖縄本島でサラリーマンをし、子ども4人を育て上げた。ゴルフを楽しんでいた89年1月8日、思いも寄らない一報が届く。「父ちゃんの名前が元号になった」。興奮した家族の電話から30年、街や暮らしの中に自分の名があふれた。

 平成元年には、どこに行っても「おめでとう」と声を掛けられ、なじみの店では無料で泡盛のボトルが運ばれてきた。「自分の名前をあちこちで見かけて誇らしかったさ」

 67歳で約40年ぶりに宮古島に帰り、サトウキビや野菜づくりに精を出す。のど自慢大会で美声を響かせたり、大好きなゴルフをしたり、8人の孫に恵まれ、平成の時代を精力的に謳歌(おうか)してきた平成さん。

 令和の目標は「サトウキビの収穫高を上げることと、自叙伝をつづること」。新しい時代も願いは一つ。「戦争のない、平和で平穏な時代が続いてほしい」

 (高辻浩之)