〈重荷を負うて道を行く 翁長雄志の軌跡〉13 第3部 県議 基地の必然性 米にただす


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
県議会米軍基地関係訪米要請団の一員として出発する翁長雄志(右から2人目)ら=1996年1月29日、県議会ロビー

 米兵による少女乱暴事件を受けた県民総決起大会を終えた翁長雄志は1996年1~2月、県議会の超党派で構成された米軍基地関係訪米要請団(団長・嘉数知賢)の一員として訪米する。要請に先立ち、県議会は1月5日の臨時会で要請決議を全会一致で可決していた。要請内容は「基地の早急な整理縮小」「日米地位協定の早急な改定」など4項目だった。

 訪米団は米ワシントンで国防総省や国務省、連邦議会の上下両院を訪ね、基地問題の解決を要請した。国務次官補代理のトーマス・ハバードとの面談で、雄志は「基地は沖縄でなければならない地理的な必然性があるのか」とただした。ハバードは「日本政府と話し合って日本国内へ移設することは可能だが、誰かがコストを負担しなければならない。中には地理的に沖縄でなければならない面もある」との考えを示した。

 さらにハバードは「安保条約のための前方展開があるので非常に大きな規模でハワイへ移設するのは無理だ。沖縄の基地は整理縮小に向かうだろうが、在日米軍の大幅削減はしばらくはない」とも述べている。

 一方で下院議員から沖縄問題に関する公聴会開催の意向が示されるなど、一部から好意的な反応も得た。団長を務めた県議会議長の嘉数は「再度政府、外務省に対して要請行動を展開した方がいい」と継続的に働き掛ける必要性を語った。雄志は取材に「大きな時代の流れを感じている。基地の返還は着実に前進していくという感触を得た」と答えている。

 訪米から戻ってすぐの県議会の2月定例会は、県が国に提案した基地返還アクションプログラムと国際都市形成構想に質問が集中した。雄志も「計画、構想ともに突然、浮かび上がっている」などと批判。「基地返還後の基地関連収入の減少とその対策はあるのか」などと当局をただした。

 県企画開発部長の花城可長は「20年間で代替できる産業、雇用をつくりたい。既に産業創造アクションプログラムなどに着手している」などと答弁した。

 この年の6月には雄志にとって2度目の県議選を迎えた。国勢調査の結果を反映して那覇市区の定数が二つ減ったことで、11議席に22人が乱立する激戦となった。前年の少女乱暴事件以降、基地問題に注目が集まったこともあり、与党が過半数を制して自民党は敗北した。その中で雄志は前回より千票以上増やし、7800票余を得て再選した。

 逆風下の当選後、雄志は「大田県政が基地問題に力を入れているが、それと表裏になっている産業振興、雇用問題に、きちんと取り組みたい」と抱負を述べている。

 (敬称略)
 (宮城隆尋)

(琉球新報 2019年4月4日掲載)