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【ブラジル】サントス事件 名簿発見、証言つながる

聖ゴンサーロ教会前にて(左から)奥原マリオ純さん、宮城あきらさん、ブラジル沖縄県人会の島袋栄喜前会長

 1943年7月8日、港湾都市のサントスから24時間以内に退去するよう枢軸国の移民は通告された。敵国の住民が沿岸部にいるのは危険と判断されたのだろうか。日本人とその家族は立ち退き命令を受け、サンパウロ州の奥地へ送られてしまった。

 「母は兄を妊娠している時に強制退去を体験した。兄を守るために、移民収容所では机の下に寝た。強制退去事件で心的外傷後ストレス障害になった方も少なくないはずだ」。5月にブラジル沖縄県人会で「ブラジル人気質と人種偏見」をテーマに第12回沖縄県人会フォーラム(比嘉・玉城アナ・マリア実行委員長)が催され、奥原マリオ純さんは講演者としてサントス強制退去事件やそれに対する政府への謝罪請求について語った。

 「日系社会では恥として認識されているかもしれないが、恥じることを先人は何もしていない。むしろ、この国のために貢献している。日本人や日系人が困難な状況の中、迫害を受けながらもブラジルのために貢献している。こんな不況の中、日系人が賠償金なんて欲しがるはずはない。謝罪の言葉一つだけでいい」と謝罪請求運動に携わっている奥原さんは説明した。

 2012年に、奥原さんはドキュメンタリー映画「闇の一日」(YouTubeでも公開)の監督を務めた。戦争時代の資料を調べていくうちにサントスで強制退去事件があったことを知り、調査した。

 ブラジル沖縄県人会の宮城あきらさん(ブラジル沖縄県人移民研究塾)も「事件は知っていたが移民史としての資料はほとんどなかった」と語る。転期を迎えたのが16年8月、強制退去にあった585世帯の名簿が発見されてから。発見者は日本からブラジルに渡ったカメラマンの松林要樹さんだった。ニッケイ新聞社の深沢正雪編集長が3人のつなぎ役を担い、体験者を探した宮城さんは17年10月に出版された移民史「群星」3号に集めた証言を掲載した。

 「体験者を探すのが大変だった。沖縄県人会サントス支部の協力が重要だった」と宮城さんは語る。その後、新証言が集まるようになり、18年4月19日、ブラジル沖縄県人会は定例役員会で、奥原さんが15年に損害賠償を伴わない謝罪要求訴訟をブラジル政府に起こしたことを支援すると全会一致で決めた。

 (城間セルソ明秀通信員)


(2019年8月4日付 琉球新報/朝刊/7頁/国際 掲載)