『ジュゴンに会った日』 人と自然のいのちへの祈り


社会
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『ジュゴンに会った日』写真と文・今泉真也 高文研・1620円

 「自然は、ただそこにあるのではなく、僕たち人間がそうであるように、小さな生命も、大きな生命も、みんなそれぞれの物語をもっている」。ソナタ形式(提示部、展開部、再現部、コーダ)で設(しつら)えられたようなこの写真絵本には、写真家・映像作家の今泉真也の慧眼(けいがん)のまなざしで見つめた人と自然のいのちへの祈りが込められている。24年間撮り続けた写真の全てにいのちの喜びが輝いている。

 始まりの提示部は、第1主題である「大浦湾の生き物たちの多様性」が楽しく奏でられた後、基地問題で分断されてしまった「ひとの営み」が第2主題として静かに問い掛けてくる。

 続く展開部は、ジュゴンに会えることを信じ、海を見つめ続けた「島の間」。自然の中にいると「違うことと、同じこと」その両方を大事にしたくなる…という言葉に、第1主題と第2主題が見事に転調していく。

 二つの主題が共に主調に置かれる再現部では「僕は知っている。いのちの重さは比べるものじゃなく、全てが等しく大切なことを。そこからしか、本当の未来は始められないことを。」という想いが届けられる。その想いは、コーダの「写真解説」と「あとがき」でも繰り返され、余韻となる。

 民俗学者の谷川健一は、彼方(かなた)から叡智(えいち)をもたらす存在であるマレビトを、無生物の「原(ウル)マレビト」、他界身の「前(プレ)マレビト」、仮面神の「マレビト」とし、ジュゴンを「前マレビト」であるという。

 本書は、いのちを見つめるまなざしを通して、畏敬の念を忘れていないかと呼び掛けてくる。沖縄では、ジュゴンを「ザンの魚(いお)」と称し、畏れ敬う対象とみなしてきた。ジュゴンの餌(えさ)となるウミヒルモ海草藻場の砂地には「ザンノナミダ」という滴型で半透明の小さな二枚貝が息づいている。

 今、私たちがなすべきことは、さまざまな姿をまとった「太古からの物語」をジョイントアテンション(共同注意)することではないだろうか。

 (上原明子・沖縄キリスト教短期大学教授)

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 いまいずみ・しんや 1970年神奈川県生まれ。写真家・映像作家。日本風景写真家協会会員。沖国大で沖縄戦の聞き取り調査などを専攻後、撮影活動を始める。主な著書に「みえますか きこえますか」など。

 

写真と文 今泉真也
A4変形 64頁(オールカラー)

¥1,500(税抜き)