『ジョージが射殺した猪』戦後沖縄 個人通し描く


社会
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『ジョージが射殺した猪』又吉栄喜著 燦葉出版社・2700円

 又吉栄喜氏の傑作短編集「ジョージが射殺した猪」が燦葉(さんよう)出版社より6月に発刊された。デビュー作の「海は蒼(あお)く」(新沖縄文学賞佳作、1975年)から唯一の私小説「努の歌声」(2016年)まで約40年間の作家生活での7つの短編を収録した本作は、又吉氏の「精神世界」と沖縄の歴史が織りなす記憶とイメージの集積ともいえる作品に仕上がっている。

 又吉氏自身が「沖縄(また琉球)の総体を網羅」したとする本作で特筆したいのは独立記念日の前後に米軍基地内で行われる「カーニバル」の様子を基にした「カーニバル闘牛大会」(第4回琉球新報短編小説賞76年)と50年代に米兵が猪と間違えて農婦を射殺した実際の事件がモチーフの表題作「ジョージが射殺した猪」(第8回九州芸術祭文学賞97年)の2作品だ。

 この2作品に登場するのは、クバ傘を被り方言を発しながら闘牛を観戦する心優しい「マンスフィールドさん」と、遠い異国の地「沖縄」で兵士としての訓練を受ける気弱な「ジョージ」といった、米軍統治下の沖縄を生きる一個人としてのアメリカ人だ。彼らを通して描き出される戦後沖縄の姿には浦添のテント幕舎に生まれ、少年時代をアメリカという異文化と否応なしに接触しながら過ごしてきた又吉氏の原風景と、米国人と米軍人は別物だという平和へのメッセージが垣間見える。それは「平和な時には『戦争』も書けるが、戦争になると『平和』は書けない」という又吉氏の祈りにも似た言葉にも込められているように思う。

 最後に、研究の視点から読む本作は「テント集落奇譚」「猫太郎と犬次郎」「尚郭威」の3作品に共通する美女(生娘)と醜女(老婆)の対比や、「努の歌声」と最新作「仏陀の小石」(2019年)の繋(つな)がり、また、「海は蒼く」にみられる「嘔吐」や「排泄」が、後の代表作「豚の報い」(第114回芥川賞1996年)にも通じていること、そして、「猪」「牛」などタイトルにも登場する動物の存在など、又吉栄喜の世界を読み解くキーワードに満ち溢(あふ)れている。(伊野波優美・沖縄文学研究者)

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 またよし・えいき 1947年浦添村(現浦添市)生まれ。琉球大学史学科卒業。96年に「豚の報い」で第114回芥川賞受賞。著書に「果報は海から」「波の上のマリア」「仏陀の小石」など。

 

ジョージが射殺した猪
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