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「戦災校舎」の詳細資料確認 読谷村史編集室蔵

戦災校舎復興運動の組織体制や募金を集める計画などを記録した(左から)「戦災校舎期成会綴」や「資料綴」、沖縄戦災校舎復興期成会「会則」(読谷村史編集室所蔵)

 沖縄戦で破壊された校舎の復旧に向け沖縄教職員会などが1952年に結成し、全国で募金運動を展開した「沖縄戦災校舎復興促進期成会」に関する記録が読谷村史編集室で確認された。読谷村が2013年に沖縄県教職員組合(沖教組)から譲り受けた資料に含まれていた。復興期成会の結成会の議事メモや募金運動の状況、全国の寄付団体への礼状案などが収められている。復帰運動に参加した体験者からは「復帰運動へと結びついていく戦後最初の教育復興運動の重要な記録だ」との声が上がっている。

 現存が確認されたのは「喜屋武『資料綴』」や「沖縄戦災校舎復興促進期成会『会則』」「戦災校舎復興期成会綴」の3種類。申請すれば資料データを閲覧・入手できる。同村所蔵の復帰関連資料のデジタル化に協力する九州大学大学院博士後期課程(政治学)の村岡敬明さんが資料の概要について「東アジア共同体・沖縄(琉球)研究」第3号で報告した。

 「沖縄戦災校舎復興促進期成会」は1952年12月11日、沖縄教職員会、PTA連合会、婦人連合会、青年連合会などによって結成された。結成会の議事メモには、期成会長に就任する屋良朝苗教職員会長による「非常な決意と実践活動を組織によって作りあげ思う以上の成果を果したい」「ありとあらゆるものより校舎問題が優先する」という訴えが記録されている。

 屋良会長ら期成会の活動は米軍を刺激した。米国民政府(USCAR)は、募金贈呈式に出席するための屋良会長の渡航許可を却下した。資料には「国民の人道的精神に基いて集められた純真な募金の受領に沖縄代表の参加を許さぬことは対外的にもよからぬ印象影響」「理由不明のままの不許可については期成会構成団体として決して納得できぬ」という期成会の反論文書も残る。

 村岡さんは「米側は、この運動が反米闘争や復帰運動に発展するのではないかと警戒心を抱いていた」と指摘。「米側の圧力をはねのけて、運動を成功させるために綿密に計画を立てる必要があったのだろう」との見方を示す。

 屋良氏の秘書を務めた経験もある元沖教組委員長の石川元平さん(81)は「戦災校舎復興運動は、その後の教育や復帰の運動へとつながる源流だ。戦後の貴重な学習資料として、眠っていた資料を生かしてほしい」と指摘している。
  (古堅一樹)