国立劇場おきなわの企画公演・新作組踊「花の幻」(大城立裕作、嘉数道彦演出)と「花よ、とこしえに」(大城作、幸喜良秀演出)が8月24、25日、上演された。芥川賞作家の大城が「沖縄の芸能」を「花」に例え、芸能の継承と発展を願って書き上げた作品。沖縄を代表する演出家の幸喜と、国立劇場おきなわの芸術監督で立方としても活躍する嘉数が演出を手掛け、色や形は異なるが両者共、見事な花を舞台に咲かせた。24日公演を取材した。
【花の幻】演者と音楽の力生かす
「花の幻」は、沖縄戦で亡くなった舞踊家・玉城盛重の最期を基に作られた作品。踊玉城(東江裕吉)は、娘・澄子(知念亜希)と戦場をさまよい、流れ弾に当たり命を落とす。澄子は、踊玉城の弟子の遊女・オミト(花岡尚子)と再会し、踊玉城の意志を踊り継ぐことを誓う。
嘉数は、大城の世界観を大切にし、それを組踊の表現で伝えることを心掛けた。そのため、照明や音響など電気的な表現ではなく、演者と音楽の力にこだわったという。
オープニングの爆撃音は大小の樽太鼓と平太鼓、締太鼓の音で表現した。戦闘機が飛ぶ音を太鼓の皮をなぞって再現するなど、宮里和希、山崎啓貴、我部大和、比嘉輝の4人が場面に応じてたたき分けた。知念幸代は透き通るような歌声で、生者と死者が交錯する幻想的な世界を描き出し、金城真次は渋みのある歌声で戦場の悲壮さを感じさせた。原作と異なる曲を用いながらも、大城が場面ごとに込めたメッセージを感じさせる構成で観客をうならせた。
兵役に出た夫・宮平和男(宮城茂雄)が疲れ果てて眠る澄子の枕元に現れ、2人で浜千鳥を踊る場面は、澄子と対照的に和男が客席に背を向けて踊ることで死者であることを表現した。三線をもて遊び折ってしまうヤマト兵隊(髙宮城実人、上原崇弘)は、息の合った動きで笑いを誘った。芸能の象徴である三線が折られるとともに、踊玉城は流れ弾に当たる。踊玉城の死を舞台上で直接表現せず、幕に入る動きで絶命を観客に悟らせた。
若衆や女形の印象が強い東江だが、幕に入ってからも重々しい唱えを会場に響かせ、新たな盛重像を示した。知念と花岡は、作品の世界観に溶け込みながら、鮮やかな唱えと立ち姿で彩りを与えた。
最後は箏と胡弓、笛の晴れやかな音色に太鼓が重なり、勇壮に場を盛り上げた。幕開けから舞台に掛かる黒の紗幕(しゃまく)が、終幕では晴れ晴れと見えるほど、芸能の力強さと可能性を感じさせた。
初演と再演の演出を務めた幸喜は「僕の演出よりも組踊の面白さを引き出していた。大城作品ということで遠慮した部分もあると思う。彼(嘉数)にはもっと作品を面白くする力がある」と話した。
音楽は新垣俊道、久志大樹。演出助手は玉城匠、廣山えりかが務めた。ほか出演は、箏が新垣和代子。笛は宇保朝輝。胡弓は平良大。
【花よ、とこしえに】枠にとらわれぬ演出が光る
「花よ、とこしえに」は、沖縄戦で子を失い離れ離れになった初枝(伊良波さゆき)と長徳(神谷武史)夫婦による家族の再生を描いた物語。戦後の沖縄芸能の出発点とされる、石川市(現うるま市)の城前初等学校(当時)で開かれた1945年のクリスマス演芸大会でも演じられた組踊「花売の縁」が、劇中劇として演じられた。
戦闘機や爆撃の効果音と地謡の声、笛、太鼓の音、戦場を逃げ惑う民衆の姿で幕を開けた。続く「散山節」で登場し戦中と収容所の状況を語る初枝の唱えは、5分以上にわたった。幸喜は古典舞踊が観客を集中させ時間を忘れさせるように、伊良波に「歩かせるのではなく踊らせた。時間を圧縮させる琉球舞踊の財産を生かした」という。伊良波の唱えには、両作品を通して一番の「圧」があり、所作も含めて観客を引き付けた。
間の者役の老婆(大湾三瑠)は、幕開けから続いていた緊張を柔らかな声で解きほぐし、笑いを生んだ。神谷は、物語の展開に合わせてときにせわしく聞こえる伊良波の唱えを受け止めつつ、一語一語重厚な調子の唱えを聞かせて、舞台を引き締めた。
石川直也、佐辺良和、伊藝武士は、表情豊かに組踊役者を演じた。終幕を前に、宮里秀明の華やかな箏に合わせ、3人が組踊の力を再確認し、後世につなぐことを誓う場面は、芸能の継承と発展を込めた大城の作品への思いを端的に表し、胸を打った。
組踊役者に帯同して「花売の縁」を演じた明(鶴松・末吉心優)が初枝と長徳の養子となる場面は、大城と幸喜の10稿以上のやり取りの末に仕上がったという。3人が抱き合うと客席から自然と拍手が起こった。最後は、長徳と明、初枝、組踊役者の後に、複数の踊り手を連れて間の者が登場し、カチャーシーを踊って幕を下ろした。
幸喜は「組踊上演300周年に合わせて、組踊が蘇生していく喜びが(最後の場面は)歌われている。間の者が最後に出ることはあり得ないが、組踊が今後も栄えることを願って、みんなでカチャーシーを踊らせた。非常識をやっていくことが新作をやる面白さでもある。今回のような力のある人たちがこの作品を演じれば、これからも作品が生き続けると思う」と話した。
組踊の枠にとらわれない演出の中で、比嘉康春が手掛けた音楽と仲村逸夫、仲村渠達也、仲尾勝成の確かな歌三線が、作品に安定感を与えた。入嵩西諭の笛は、優雅に音曲を彩り、物語が良い方向へ進むことを予感させた。
立方指導を島袋光尋、振付を阿嘉修、演出助手を金城真次が務めた。ほか出演は知花小百合、山城亜矢乃、川満香多、大浜暢明、上原崇弘。胡弓は又吉恭平。太鼓は久志大樹、宮里和希。
作者の大城立裕 役者の労、たたえる
新作組踊「花の幻」と「花よ、とこしえに」を観劇した作者の大城立裕が24日、取材に応じ感想を語った。大城は「芸能はそれ自体が生きる力を与えるもので、芸能のない人生は殺伐としたもの。今日の舞台の役者たちは、よく務めてくれた」と話した。
嘉数道彦演出の「花の幻」について、踊玉城が亡くなる場面で盛り上がりが弱いとしつつも「地味な脚本をよく運び、盛り上げた」と評した。原作の構成にとらわれない演出については「苦労したと思う。敬意を評する」とねぎらった。
幸喜良秀演出の「花よ―」は、「役者のアンサンブルがよくできていた。演出のご苦労のたまものだ。特に明が新しい親に巡り合う場面は、拍手が出てほしいと思っていた。その通りになり作者として満足だ」と話した。
伊良波さゆきの冒頭の唱えについては「(沖縄戦)の戦場と収容所の状況をどうしても書く必要があり、これはもう演出にご苦労を掛けないといけないと、気にしながら書いた。伊良波さんがあれだけの身のこなしと声量で、よく乗り切ってくれた」とたたえた。
(藤村謙吾)