『世界は朝の』 普遍化される日常の感情


社会
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『世界は朝の』佐藤モニカ著 新星出版1620円

 詩、短歌、小説と活躍の場を広げている作者の、第二詩集である。作者が沖縄に住んでいるとか、ブラジル移民の血を引いているとか、その作品によって知られつつあるが、まずは作品の言葉に耳を傾けてみよう。

 2部構成になっているこの詩集で、第2部に収められたブラジル移民にまつわる内容の散文詩が少し目立つ以外は、基本的に平易な言葉で語られた、それほど長くない素朴な印象の詩がならべられている。その1篇(ぺん)で、フランスの詩人フランシス・ジャムの作品について言及されていることからも分かるように、作者は自らの生活感情に根差した内容を、できるだけ柔らかい言葉で伝えようとしているように見える。そこから読者は自然に、作者が沖縄に住んでいて子育てをしていることや、日本では主に20世紀前半に行われたブラジル移民の末裔(まつえい)であることを感得していく。

 しかし作者は別に、自分語りをしているわけではない。言葉は具体的な生活感情を語っているようだが、作品のどこかでその日常の風景から遊離し、超越的なものと結びついてまた最初の生活感情へと戻る。そのときその生活感情は、読者と共有できる普遍的なものに変質している。19世紀から20世紀にかけて活躍した詩人だったジャムにとって、作品における超越的なものとは失われつつあるキリスト教的な神の秩序だったが、21世紀の日本で生きる作者にとっては、おそらくそれは沖縄の圧倒的な自然やブラジル移民としての濃密な記憶である。

 成長していく子どももまた、具体的な言葉を超えていく存在だと言えるかもしれないが、いずれにしてもこの詩集を魅力的なものにしているのは、日常の出来事や感情を語る平易な言葉が個人を超えたものと響き合い、語られる出来事や感情が普遍化されるという詩行の往還である。わたしが特に気に入ったのは「麻のスカート」や「エアメール」といった作品だが、読者ごとに強く気に入る作品がいくつも見つけられる詩集だと思う。

 (田中和生・文芸評論家)

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 さとう・もにか 1974年、千葉県出身。沖縄県在住。小説「カーディガン」で九州芸術祭文学賞最優秀賞、詩集「サントス港」で山之口貘賞、歌集「夏の領域」で日本歌人クラブ新人賞と現代歌人協会賞を受賞した。

 

佐藤モニカ 著
A5判 91頁

¥1,500(税抜き)