『詩集「ゆめうつつ」』 変容し成熟するジェンダー


社会
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『詩集「ゆめうつつ」』鈴木小すみれ著 1000円+税

 鈴木小すみれ詩集『ゆめうつつ』はさながら「水死から甦ってきたオフィーリア」という思いがする。オフィーリアは『ハムレット』に登場するハムレットの恋人で、デンマーク王国の宰相だったオフィーリアの父がハムレットに殺害されたことを知った彼女は狂乱していくが、あるとき美しい花束を抱えて柳の枝に手を伸ばしたまま川流れに落ちて溺死してしまう。「水の中で暮らす妖精のように」死んでいったとされる彼女の死は多くの詩や映画・演劇などに登場してくるが、中でもジョン・エヴァレット・ミレーの絵画によって私たちには鮮烈に記憶されている。川岸の緑を映して揺れる水面に両手を広げ唇を少し開いて眼(め)で何かを言いたげなその清楚(せいそ)な姿態は、そのジェンダーに内在する哀(かな)しみをも秘めてもいるようだ。

 『ゆめうつつ』の作品群は向日性に溢れていて自身のアイデンティティ―とジェンダーとしてのしなやかさと強さをその官能のなかに蓄えている。「天使の性(サガ)」や「渦」で「私の半分を流れる福島の血潮」と沖縄で二重の血の流れを少女時代に周囲との異和に悩み死の川流れに足を浸そうとしたとき、女神が一条の星の光となって彼女の意識の川流れに舞い降りてきたのだろう。その揺らぐ翳(かげ)りから彼女のみずみずしい精神の裸体をかたどっていったのだ。周囲との異和が、そのふるまいが、やがて自覚のない世界の横並びの暴力的思惑によってふるまっているという幻想のmajorityにとりつかれていることを知った彼女は、これに拮抗(きっこう)する自己のpropriety(端正な内質)を獲得しつつ成熟したジェンダーへと変容させていったのだ。

 「薔薇(ばら)女」や「白い薔薇(ばら)は」によって女性性としての精神的矜持(きょうじ)を回復しようとしていく。girlから美しく成熟するladyへと。

 「天使が秩序を守るたび/夕日の丘で焦げていく/小さな山羊(やぎ)の影/ひとつ」(天使の性(サガ))と詠(うた)うとき、蘇(よみがえ)ってってしかも成熟したオフィーリアがアコークローの渚(なぎさ)で瞬きはじめた星々を掬(すく)いとっていく哀(かな)しみがつたわってくる。

 (田中眞人・詩人、清田政信研究会)

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 すずき・こすみれ 1979年、沖縄県出身。30代で詩作を始める。おきなわ文学賞詩部門では「境界」で第8回佳作、「魔物(マジムン)」で第13回県文化振興会理事長賞を受賞。第一詩集は「詩集 恋はクスリ」。