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ハンセン病隔離 歴史学ぶ 群馬・草津、資料館がツアー


ハンセン病隔離 歴史学ぶ 群馬・草津、資料館がツアー 群馬県草津町・栗生楽泉園、重監房資料館、湯畑、旧湯之沢地区
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 温泉地として知られる群馬県草津町はかつてハンセン病患者を強制隔離した国立施設があり、懲罰のために患者を収監する「重監房」も使われた。そんな負の歴史を伝えようと、地元の「重監房資料館」が、町内の史跡を巡るウオーキングツアーを開いている。ボランティアガイドの小沢覚さん(66)は「温泉産業の裏にある歴史を少しでも知ってほしい」と話す。

 ハンセン病は手足の末梢神経まひなどの症状が出る感染症で感染力は弱い。草津町の国立療養所「栗生楽泉園」は隔離政策終了後も現存し、35人(12日時点)が暮らす。

 楽泉園によると、温泉街東側の「湯之沢」と呼ばれた地区には明治―昭和初期、湯治のために患者が集まり、最大約800人が住んだ。1931年成立の旧らい予防法で政府が全患者の強制隔離を法制化し、湯之沢の患者も多くは楽泉園に移転させられた。重監房の建設は38年。その後約9年間使われたという。

 隔離政策は96年まで続く。2001年になり、元患者らが起こした訴訟で熊本地裁が隔離政策を違憲と認め国に賠償を命じた。

 「高温で亡くなる人もいて、命がけの湯治だったそうです」。9月中旬のツアー。小沢さんの説明に、参加者5人が耳を傾けた。旧湯之沢地区や温泉の湧き出る「湯畑」、楽泉園などを約5時間かけて見学。重監房の跡地では参加者から「何とも言えない恐ろしい雰囲気がある」と声が上がった。

 重監房は特に反抗的とされた患者を広さ約4畳半の独房に収監していた。23人が過酷な環境下で亡くなったとされる。資料館は負の歴史を研究し継承するため、2014年に開館した。ツアーは18年に始め、参加無料で年4~5回実施している。次回ツアーは来年秋に予定する。

 小沢さんは感染症対策として「適切な予防はもちろん必要だが、人権侵害になってはいけない」と強調。新型コロナウイルス禍でも感染者や家族への中傷が広がったことを念頭に「ハンセン病差別と同じことを繰り返している。悲劇を二度と起こさないため、歴史から学んでほしい」と語った。

(共同通信)