有料

小さな口へ、命つないだ息 「鬼に見えた」故郷の海 能登半島地震2週間 津波の記憶 がれき山積 


小さな口へ、命つないだ息 「鬼に見えた」故郷の海 能登半島地震2週間 津波の記憶 がれき山積  海岸でたたずむ砂山由美子さん=10日、石川県能登町白丸地区
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 朝焼けの赤がきれいな故郷の海は、鬼に見えた。小さな口へ懸命に息を吹き込み命をつないだ。能登半島地震で津波に襲われた石川県能登町の白丸地区の住民たち。地面は立っていられないほど突き上げ、海から猛烈な速さで水が押し寄せた。15日で発生から2週間となった。街の至る所で片付けられないまま残るがれきの山に、あの日の記憶を喚起させられている。 (1面に関連)
 坂元信夫さん(67)が孫3人と共に車ごと波にさらわれたのはあっという間だった。にぎやかな正月を過ごしていたはずの元日。最初の地震ですぐに避難の用意を始めていた際に2度目の揺れが起き、車に乗り込もうとしていたところを背丈以上の波が襲った。
 そばにいた小学2年生の孫娘の姿が見えない。ほかの2人はなんとか水面に顔を出し、息を吸っていた。波を必死にかき分け、指先をかすめたのは布の感触。すがる思いでたぐり寄せて引き上げたが、呼びかけに反応はない。「死なせるわけにはいかない」。口伝いに人工呼吸し、名前を叫びながら頰をたたき、ゆっくりとまぶたが開いた。抱きかかえ、高台を目指し駆け上がった。家族は全員無事だった。
 家は玄関が波に打ち破られ、ねじれた窓枠にカーテンが絡みついていた。車3台とトラクターは納屋の奥で互いに乗り上げたまま。
 「海が憎い。もう見たくない」。涙をにじませたのは砂山由美子さん(65)。嫁いでから40年以上住んだ思い出の家は津波が押し流した。畑を分厚く覆うぬかるんだ砂。近所からもらったチューリップが春に咲くのを心待ちにしていた。
 朝日が昇る時間に合わせ、砂浜を散歩するのが好きだった海は「鬼と化して、全てを奪っていった」。避難訓練が定期的に行われていたのに、なぜ防災グッズを玄関に置いたままだったのか。「結局、津波なんて人ごとだと思っていた」
 一緒に避難した高齢の義母は避難所生活が始まった途端、認知症のような兆候が見られ始めた。入浴もままならず、眠れない夜が続く。
 気分転換に外の空気を吸っても、気丈に振る舞っていないと今にも涙があふれそうになる。のどかだった海沿いの街は変わり果てた。道にはガラスの破片が散らばり、雨の日はむき出しになった屋根の骨組みから雨水がぽたぽた垂れる。「もうここには住みたくないけど、避難所にはご近所のみんながいるから」。愛する地元の白丸で共に過ごしてきた人々との絆が先の見えない日々を支えている。