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顧みられない基地負担 山本章子(琉球大准教授)<戦後79→80年 平和運動の在り方、基地問題を問う>下


顧みられない基地負担 山本章子(琉球大准教授)<戦後79→80年 平和運動の在り方、基地問題を問う>下
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 ロシアによるウクライナ侵攻や台湾有事の議論が出てきて、沖縄の基地負担が顧みられなくなっているという意味では、沖縄が置かれている状況は悪化している。在日米軍の活動域が広がり、自衛隊の部隊も増強された。これらが住民への配慮もなく進んでいる。

 安全保障関連3文書が閣議決定されると、日本政府側にためらいが一層なくなった。それまでは、沖縄の負担軽減はゆるがせにできない一つの政策だったが、軍事の論理を優先するのが当たり前な雰囲気に変わってきたと、暮らしていて感じる。

 沖縄県内も、一般の人々の感覚として「中国は脅威だ。台湾が攻められたらどうしよう」「やはり米軍や自衛隊は必要なのではないか」という空気になってきている。

 背景には全国的にもそうだが、平和運動の影響力が薄れてきたことがあると思う。30代以下の若者は台湾有事を真剣に心配したりしている。県内では台湾に留学する大学生や高校生が多いので、現地の危機感を肌で感じてくる人は少なくない。

 米軍の訓練が増えるのがいいとは思わない、事件や事故も多すぎるけど、生まれた時から基地はあるので、すぐになくなるとも思えない、「沖縄から基地をなくせ」と言うのは分かるが、現実的でないという感覚が、いまの学生にはある。

 「命(ぬち)どぅ(こそ)宝(たから)」だから「何があっても戦争はよくない」というのが沖縄戦の教訓だがウクライナの惨状をみると、命が助かればいいとはなかなか思えない。彼らは1996年の米軍普天間飛行場の返還合意時には生まれてない。平和運動との乖離(かいり)は結構深刻だ。

 どうすればいいのか。学生たちの偽らざる気持ちは、米軍側と対話し、もっと沖縄の人々の生活に寄り添って、まずは訓練の県外移転や、騒音、事故の軽減を図ってほしいというものだ。

 私は学生を連れて普天間の見学に行く。学生が海兵隊の幹部に「基地を一気になくすのは無理でも、問題を減らすルールは作れるのでは」などと聞くと、米国は民主主義の国だから、幹部は基地運用における問題点や改善への取り組みについて率直に話してくれる。

 それだけに日本政府、特に安倍、菅、岸田政権の風通しの悪さをすごく感じる。日米地位協定は、過去に米軍に協定の文言以上の特権を秘密裏に認めた合意議事録に基づいて運用されている。協定の改定が難しいなら議事録を破棄すべきだし、最低限協定を文言通りに運用すべきだと思う。

 しかし、今は日米同盟を強化して米国をいかにアジアに引き留めるかが大事だからと、地位協定改定の議論はタブーになっている。

 世論の問題もある。「台湾有事で戦場になるのは沖縄だ」「自分たちは関係ない」という本土のメンタリティーが、実は一番問題で、こうした非現実的な想定が沖縄の負担を重くしている。

 ミサイルが飛び交う事態になれば、本土の在日米軍基地はどこも狙われる。機雷が流失すれば黒潮に乗ってやってくるから、生活に深刻な影響が出るはずだ。そうした危機感が行き渡り防衛費増への反発が強まらないよう、沖縄だけの話にしているので、結果として沖縄の負担が増している。

 こうした楽観バイアスに基づいた議論を脱しないと、沖縄の負担軽減は進まない。日本全体が自分ごととして考えることが今こそ大事だ。 


 やまもと・あきこ 1979年北海道出身。一橋大大学院博士課程修了。博士(社会学)。専門は国際政治史。著書に「日米地位協定」など。