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2023年回顧(下) 積み重なる司法判断 報道による検証望まれる<山田健太のメディア時評>


2023年回顧(下) 積み重なる司法判断 報道による検証望まれる<山田健太のメディア時評> 北海道警やじ排除訴訟の控訴審判決で、札幌高裁の判決を批判する紙を掲げる原告の大杉雅栄さん(左)と桃井希生さん(右)=6月22日
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 引き続き、この1年間の言論・表現の自由関連の判例や法制状況を振り返る。

明暗

 芸術作品に関する助成金交付についての初の最高裁判断だった。映画「宮本から君へ」への助成金を内定後、出演者の薬物事件を理由に不交付としたのは違法だとして、映画製作・配給会社スターサンズが日本芸術文化振興会に不交付決定の取り消しを求めた訴訟で最高裁は11月、「不交付は著しく妥当性を欠き、違法」とし、同社の逆転勝訴が確定した。

 21年には「表現の不自由展かんさい」を巡り表現の自由の観点から施設利用を認めた司法判断が確定し、その後のイベント開催の道を開いたが、表現の自由が争われた事案で、判例により実効的な保障が積み重ねられることには大きな意義がある。

 当時の安倍首相の街頭演説中にヤジを飛ばして北海道警に現場から排除された市民が損害賠償を求めた訴訟では、6月の高裁判決で1人には表現の自由の侵害を認めたものの、もう1人については危険が切迫していたとして警察官の行為は適法と判断、逆転敗訴した。この事件については、映画化もされ上映中である。

 提訴会見を巡っては厳しい判決が続いている。訴訟提起に合わせ記者会見を行った原告や代理人弁護士が訴えられる事案で、裁判所は名誉毀損(きそん)を認める傾向にあるからだ。それを報じた報道機関を訴えた事件は現在東京地裁で係争中であるが、裁判報道の今後を占うものになりえよう。

光明

 司法の閉鎖性は以前から大きな課題ではあるが、5月には法廷での弁護士の録音を巡って、弁護士が手錠で拘束され退廷となり、「制裁裁判」にかけられ過料を命じられる事件が起きた。裁判所の訴訟規則では、裁判官の許可なしに録音や撮影などはできないと定められている。

 現在では開廷前の報道機関による廷内撮影や、傍聴人のメモは特例的に許されているものの、ほぼ全面的に記録が禁止されている実情がある。報道人も含め傍聴人のPC利用や録音などが、正面から議論されるきっかけになることを願う。

 そうしたなかで1歩前進したのは、重要な裁判記録を廃棄していた問題で、最高裁は「事件記録の保存・廃棄の在り方に関する有識者委員会」の意見を踏まえ、5月に「裁判所の記録の保存・廃棄の在り方に関する調査報告書」を公表し謝罪した。11月には最高裁裁判官会議で「事件記録等の特別保存に関する規則」を制定、国民の共有財産として永久保存するためのルールで、年明けから運用が始まることになる。

混迷

 なんといっても今年一番のグダグダは、マイナ保険証(マイナンバーカード)義務化だ。そのための改正省令の施行が4月にあり、続けて6月には改正番号法が成立、マイナンバーカードと健康保険証の一体化や、マイナンバーの利用範囲が拡大することになった。

 ポイント付与により発行枚数は急増したものの手続き上での個人情報の漏洩(ろうえい)等が相次ぎ、国家情報管理システムとしての決定的な問題を浮き彫りにしている。さらに保険証については、顔写真も暗証番号もなしでの発行を認め、仮保険証の発行も自動交付に切り替えるなど、政府のID保険証への固執が目立つ。報道量も増えているものの、重大な個人情報漏洩である事故を「作業ミス」と報ずることで矮小(わいしょう)化が行われてはいないか。さらに言えば、この制度そのものの欠陥に踏み込む必要もあろう。

 わかりづらさという点では、ステルスマーケティング(ステマ)規制がある。景品表示法が禁じる不当表示の類型に新たに指定され10月から施行された。消費者庁によると、広告と明記されていないなど一般消費者が判別することが困難なものというが、その見分け方は難しい。さらに規制対象は事業者でインフルエンサーは対象外であるなど、実効性については報道による検証が望まれる。

疑惑

 増税か減税かわかりづらいなどと政策批判されているが、原発については回帰の方向性がはっきりした。5月にはGX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法が成立、再稼働の動きも進む。8月の東京電力福島第1原発のALPS処理汚染水海洋放出においては、「汚染水」との表記を事実上封印し、「処理水」として無害アピールによる風評被害の抑止に社会全体が動いている。新型コロナワクチンの副作用を過小評価することにも似ており、報道のチェック機能が試されている。

 思想調査も相変わらずだ。吹田市教育委員会が議会からの要請で、市立小中学校長に事務連絡文書「卒業式・入学式について」を発出、君が代と校歌の歌詞の暗唱状況、国旗と校旗が掲揚された位置がわかる写真を調査した。2年前にも実施しているとの抗弁は通用しまい。

検討

 Googleなどのプラットフォーム企業がニュース配信への対価を引き上げるニュースが続く。日本でも公正取引委員会が9月に「ニュースコンテンツ配信分野に関する実態調査報告書」を公表、「正常化」に向けての具体的な交渉が始まる見込みだ。

 生成AIについての議論も一気に進む。6月に欧州議会は生成AI関連データの開示を義務付けた規制法案を採択、今月にはG7で国際的な包括ルール作りが合意され、日本でも法制化や自主的なガイドライン作りが本格することになろう。

 6月には性的姿態撮影禁止法が成立し「撮影罪」が新設された。女性アスリートの盗撮などは対象から除外し「規制の検討をする」との附帯決議がなされている。同月には自民党ほかの議員立法によるLGBT理解増進法も成立しているが、いずれも表現行為がかかわるだけに今後の運用が注視される。

 NHKを巡っては、10月に受信料が値下げされ、12月からはBSチャンネルが減るなどの変化があった。より根本的な「改革」は、ネットへの本格進出も含め放送法改正を経ての来年が勝負の年となるであろう。

 ガーシー・元参議院議員はじめ、暴露系、迷惑系、私人逮捕系と呼ばれるユーチューバーの暴力行為等処罰法違反(常習的脅迫)等での逮捕が続いている。こうした過激動画による高額収入の道をどう断つかも、年を越しての検討課題だ。

(専修大学教授・言論法)


 本連載の過去の記事は本紙ウェブサイトや『愚かな風』『見張塔からずっと』(いずれも田畑書店)で読めます。