19日、イラン北西部の東アゼルバイジャン州でライシ(ライースィ)大統領(63)が搭乗したヘリコプターが墜落した。〈イラン政府は20日、ライシ師と、同乗のアブドラヒアン外相(60)らが死亡したと発表した。悪天候による事故だったと説明した。国営メディアによると、ヘリに乗っていた8人全員が死亡した。最高指導者ハメネイ師(84)は20日、モフベル第1副大統領を大統領代行に任命した。/イランでは最高指導者が国政全般の決定権を持ち、ライシ師は3代目最高指導者の最有力候補だった〉(21日、琉球新報)。
この報道に関して二つ気になる点がある。
第1は、イランの危機管理体制についてだ。イランは準戦時体制下にある国で、常に潜在敵国や敵対するテロ組織からの攻撃を警戒している。こういう国では、ヘリコプター移動の際に大統領と外相が同乗するというようなリスクの高いことを通常しない。攻撃された場合、死亡するリスクが高い飛行機やヘリコプターに複数の要人を乗せないというのは、危機管理の鉄則だ。イランがなぜこのようなことをしたのかが筆者には理解できない。危機管理体制に緩みがあったとしか思えない。
第2は、イラン当局が本件を「天候不良による事故」として、迅速に「店仕舞い」したことだ。現場検証(特に爆発物が用いられた可能性についてのチェック)、ボイスレコーダーやフライトレコーダーを回収し、分析もせずにこのような発表をするのは奇異だ。背景には政治的意図があると思う。「事故」として処理しておかないと、イスラエルやアメリカによるテロではないかとの臆測が強まり、中東情勢が混乱することをイラン当局が警戒したのだと思う。
他方、本件が事故であったのか、あるいは人為的操作が加わった事件であったかについて、イランはこれから徹底的に調査するはずだ。仮に人為的な操作があったならば、その事実を公表せずに、裏で報復(企画者と実行犯の中立化≒殺害、あるいはあえて殺さずに一生障害が残り、苦しむ状態に陥らせる)すると筆者は見ている。
なお、イランの内外政は最高指導者であるハメネイ師が完全に統制している。従って、今回の事故でイラン政治に混乱が生じることはないというのが主要国インテリジェンス機関の標準的な見方だ。
首相官邸の対応も興味深い。本件に関する報道はロシアの通信社「リア・ノーヴォスチ」が早かった。内閣情報調査室(内調)は、ほぼリアルタイムでこの情報を入手した。筆者が承知するところでは、19日午後10時15分には対策を練り始めていた。岸田文雄首相も20日、以下の談話を出した。〈セイエド・エブラヒーム・ライースィ・イラン・イスラム共和国大統領の突然の訃報に接し、深い悲しみの念に堪えません。/ライースィ大統領とは、首脳会談や電話会談等を通じ、日・イランの伝統的友好関係に基づき、二国間関係や地域情勢について率直な対話を積み重ねてきたところでした。/日本国政府及び日本国民を代表して、イラン政府及びイラン国民の皆様並びに御遺族に対して謹んで哀悼の意を表します〉(20日外務省HP)。こういう迅速な対応が出来たのも、内調と国家安全保障局が対応策を事前に検討していたからだ。突発事態が起きたときの対応で各国の外交とインテリジェンスの能力がわかる。今回、日本は速さ、情報の質の両面で世界トップクラスの働きをした。
(作家、元外務省主任分析官)