米国のペンシルベニア州バトラーで13日(日本時間14日)、トランプ前米大統領が演説中に銃撃され、右耳を負傷した。容疑者は射殺された。連邦捜査局(FBI)が暗殺未遂事件として捜査している。FBIは銃撃したのはペンシルベニア州に住む男性トーマス・マシュー・クルックス容疑者(20)と特定した。現時点でクルックス容疑者の動機は不明だ。〈乾いた発砲音が響き、顔をしかめるトランプ氏。右耳に手を当て突っ伏した瞬間、複数の警護官が覆いかぶさった。会場はパニックに。約1分後、トランプ氏は立ち上がり「ファイト!」と3回繰り返して右拳を振り上げた。耳から頬には血が流れていた〉(15日、本紙電子版)。
翌14日、バイデン米大統領は、ホワイトハウスの大統領執務室から国民向けに演説し、「政治的な発言が過激になっている。頭を冷やす時だ」と訴えた。しかし、この銃撃事件は米国の有権者の感情をかき立てたので、バイデン支持者もトランプ支持者も頭を冷やすことはないと思う。トランプ氏は銃撃に遭遇し、負傷しても動じない「強い指導者」を演じ、バイデン氏は高齢による認知能力と運動能力に対する不安を払拭することに腐心することになるだろう。この事件を契機にトランプ氏優勢の流れが強まると思う。
筆者はこの事件がトランプ氏の内面世界に与えた影響に注目している。宗教的にトランプ氏は長老派(プロテスタントのカルヴァン派の一潮流)に属している。筆者はトランプ氏の認識と行動は、世俗化されたカルヴァン主義と見ている(筆者自身がカルヴァン派なので、この派に属する人々の思考様式が肌感覚で分かる)。カルヴァン派は、ある人が神に選ばれ救われるか、捨てられ滅びるかは、その人が生まれる前に決まっていると考える(二重予定説)。特に生命の危機に直面し、生き残った時にカルヴァン派の人は「やはり自分は、神によって選ばれている。命は神によって貸与されたものなので、今回生き残ったのは神が私にこの世でやるべき使命があると考えているからだ」と受け止める。
今回の銃撃で、トランプ氏は右耳を負傷した。弾丸があと5センチ顔に寄っていたら、頭部が吹き飛んで死亡したはずだ。トランプ氏は実に運が良かった。ただし、カルヴァン派の人は、こういう事態を運が良かったとはとらえず、自分が生まれる前から神によって選ばれていることの証左と受け止める。トランプ氏は、今回の事件で「自分は大統領選挙で必ず当選する」という信念を強めたと思う。そして、今後、いかなる試練があっても、神によって選ばれた自分はそれを克服し、アメリカを再び偉大な国家にする使命を果たすことが出来るという自信を深めたと筆者は見ている。神憑(がか)りになった政治家には独特のカリスマ性が加わる。
トランプ氏は、前回大統領の座にあった時、北朝鮮の金正恩総書記と3度会談し、朝鮮半島で戦争が起きることを防いだ。トランプ氏が平和の実現こそが自分が神によって与えられた使命という思いをもてば、歴史に残る大きな業績を残す可能性もある。今回の件について玉城デニー知事がトランプ氏にお見舞いの書簡を送ることを筆者は提案する。そこに沖縄の人々は米国との友好関係を望んでいるので、その障害となっている在沖米軍専用施設の過重負担問題をあなたの政治的イニシアチブで解決してほしいと記す。在沖米国総領事に手紙を渡せば、確実にトランプ氏に届く。
(作家、元外務省主任分析官)