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岸田首相退陣へ 裏金の呪縛解けず 「不出馬」唯一のカード     


岸田首相退陣へ 裏金の呪縛解けず 「不出馬」唯一のカード      総裁選を巡る岸田首相の発言
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 岸田文雄首相が9月の自民党総裁選への不出馬を突如表明した。経済と外交、憲法改正を柱に据えて再選を目指していたが、裏金事件の呪縛を解くことができず、政治不信は深まっていった。袋小路に陥る中、事態打開へ唯一残されたカードは、自身の総裁選不出馬だった。舞台裏を検証した。 (1面に関連)

1本の電話
 「私が責任を取らないと収まりがつきません」
 10日、首相は地元広島の支援者に電話し、総裁選に出馬しない方向で考えていることを伝えた。「何でや、思い直してくれ」。再選を狙うと信じて疑わず、必死に慰留する支援者。だが首相の意思は固かった。
 14日午前11時半、官邸。首相は青のネクタイ姿で臨時記者会見に臨み「自民党の信頼回復のためには、身を引かなければならない」と不出馬を表明した。見守った側近は、記者団の前で涙を流しながら「国民の共感がなければ、政治も政策も前に進まないということです」と嘆いた。
 信なくば立たず―。首相が、菅義偉前首相の退陣を受けた2021年総裁選で掲げたフレーズが、皮肉にも今、足かせとなっていた。

強気
 首相は14日の会見で不出馬について「事案が発生した当初から思い定めていた」と説明した。事案とは安倍、二階、岸田の3派の会計責任者らが立件された派閥裏金事件だ。昨年12月から党を揺さぶり続け、内閣支持率が長期にわたり20%台に沈む原因となった。
 ただ今年1月に通常国会が開幕し、開会中に政権を放り出せば混乱が生じる。首相は周囲に「処分や政治資金規正法改正に一定のめどをつけたい」と打ち明けていた。
 そんな首相の思いがにじんだのが6月19日の党首討論だ。国民民主党の玉木雄一郎代表が「国民の信頼は地に落ちている。潔く職を辞し、リーダーの責任を果たしてもらいたい」と迫ったのに対し、首相は「批判が出る中でも、やるべきことをやるのが政治家の責任だ」と強気に出た。

揺れる心
 通常国会では、裏金議員の処分を済ませ、規正法改正にこぎつけた。4月の衆院3補欠選挙で不戦敗を含め全敗し、政権内では「首相は選挙の顔にならない」(若手)との不満が渦巻いていた。6月の国会閉幕を機に、党内では菅氏が「首相自身が責任に触れず今日まで来ている。不信感を持っている国民は多い」と非難し始めていた。
 この頃から、首相の心は揺れていた。側近らには再選戦略を練るように指示する一方で、党幹部には、責任論を気にするそぶりを見せていた。トップに居続ければ、さらに党勢が低迷し、政権交代を許してしまうのではないか。そんな懸念が頭をもたげていた。
 7月8日、JR名古屋駅に見送りに来た若手議員が「衆院解散はありますか」と率直に尋ねたところ、首相は「その時は解散権を誰が持っているかね」とかわし、笑いを誘った。「総裁選不出馬も選択肢にある」。若手はそう受け止めた。

取れない確約
 7月以降、首相は「政治家の意地」を見せ始める。最低賃金の引き上げや物価高対策、憲法9条への自衛隊明記に「方向性を示す」として政策発信に余念がなかった。
 それでも支持率は回復せず、後ろ盾の麻生太郎副総裁から「再選支持」の確約を取れずにいた。出馬するべきか否か。8月上旬、思い悩む首相は周囲に「看板を替えた方がいいのか、どの顔で選挙をやればいいのかを考えて判断しないとな」と漏らした。
 麻生氏の支持獲得を狙って衆院解散・総選挙を先送りにする手もあるにはあった。だが自身が党の顔である限り、裏金事件の責任論が付いて回る。「落ち目となる前に退任を決めれば、影響力は残せる」とのベテランからの助言も首相の背中を押した。

カオスの始まり
 14日朝、首相は朝食を共にした最側近の木原誠二幹事長代理に不出馬を告げた後、政権幹部に相次ぎ決断を伝えた。20日には総裁選日程が決まるため、「早く表明しないと総裁選に影響を与えてしまう」(官邸筋)との判断も働いた。
 派閥解消から衆院政治倫理審査会への出席、規正法改正の譲歩など世論を意識して独断専行を進めた首相。最後の不出馬も「岸田流」を貫いた。自民関係者は「本命は不在だ。カオス(混(こん)沌(とん))が必至の争いがいよいよ始まるな」と語った。