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モスクワ訪問記 日本の報道とギャップ<佐藤優のウチナー評論> 


モスクワ訪問記 日本の報道とギャップ<佐藤優のウチナー評論>  佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 13~19日、22年ぶりにモスクワを訪問した。今回痛感したのは、ロシアと日本における報道空間の大きなギャップだ。

 ロシア領クルスク州へのウクライナ軍の侵攻についても、客観的事実について、ロシアの政府系メディアは西側と同じ報道をしている。しかし、政治エリートにも民衆にも動揺はまったくない。そもそもロシア人全体が、今回の戦争はウクライナが主敵ではなく、アメリカと戦っていると認識している。そして、この戦いでロシアが敗れることはないと確信している。

 客観的に見れば、ウクライナが自国内の防衛に限定するとしていた基本方針を転換し、ロシア領を攻撃するという転換を遂げたわけであるが、ロシア国民は事態を冷静に受け止めている。ポーランド人、ジョージア人、カナダ人、イギリス人、アメリカ人などの傭兵(ようへい)を中心とするウクライナ軍は、アメリカの指示に従って動いているに過ぎないというのが、ロシアの政治エリート、民衆双方の受け止めだ。ならば、「侵略者」を駆逐して、アメリカにロシアの実力を教えてやろうという感覚が(政治エリートよりも)民衆に強いという印象を筆者は受けた。

 ロシア・ウクライナ戦争勃発当時と異なり、ロシア人は本件を、1917年のロシア革命後の内戦との類比で見ている。外国干渉軍の支援を受けている白軍に相当するのがウクライナ軍で、ロシア人により外国勢力の干渉をはね返すために戦っているのがロシア軍という見方だ。ウクライナ人を独自の民族と見なさなくなりつつある。

 ある知人が「アゾフスターリの戦闘で、ロシア軍は3人の外国人傭兵(イギリス人2人、モロッコ人1人)を捕虜にして以降、傭兵の捕虜に関する報道がまったくないことに注目してほしい。傭兵は、殺人犯に過ぎないので、現場で適切に『処理』している。クルスクにおけるウクライナ軍の主体は、ポーランド人、ジョージア人、イギリス人などの傭兵だ。ロシアは、テロリストの殺人者に対しては、相応の責任を取らせる」と言っていた。クルスクの戦闘の現場は、凄惨(せいさん)な状態になっていると筆者は見ている。

 モスクワにいると戦争が行われているという実感がない。筆者は、「赤の広場」とクレムリンが目の前に見えるモスクワ中心部のホテルに泊まったが、街は平穏で、午前零時を回っても、レストランやカフェには人が集まり、市民生活を楽しんでいた。十数人の一般市民と話してみたが、「戦争なのだから、局地的に不利になることは十分ある。しかし、この戦争でロシアが敗れることはない。ゼレンスキー大統領としては、何らかの目に見える成果が出したいので、軍事的に無理をしているのだろう」という受け止めがほとんどだった。筆者が話した市民のほとんどが、「事態がここまで来たら、プーチン大統領を支持するしかない」という反応で共通していた。

 経済状態も戦争開始時よりも飛躍的に向上している。生活必需品もぜいたく品も豊かで、市民が生活を楽しめるテーマパークやスポーツ施設、文化施設も多々ある。市民はこの戦争が始まってから生活が確実に向上していると実感している。プーチン大統領は「軍人と官僚は戦時体制で勤務し、一般国民は平時の生活を続けられるようにせよ」という指示を出しているとの話を、クレムリンの内情に通じた友人から聞いたが、その指示が貫徹されているようだ。プーチン大統領に対する国民の支持は極めて強いというのが実態だ。

(作家、元外務省主任分析官)