『消えた琉球競馬』 知られざる文化掘り起こす


社会
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『消えた琉球競馬』 梅崎晴光著 ボーダーインク・1890円

消えた琉球競馬―幻の名馬「ヒコーキ」を追いかけて

 本書は知られざる琉球競馬をテーマにした初めての書籍である。著者は現役の競馬記者。琉球競馬は全力疾走で速さを競うものではなく、小型の在来馬が独特の小走りで脚の運びのリズムや美しさを競う。相撲や闘牛のような一対一の対戦方式で、装飾された馬具も採点に加味された。著者いわく「美技を競う二頭立てのフィギュアスケート」のようなものという、世界でも珍しい競馬だった。

 王国時代に始まるこの競馬文化は、明治に入り帰農した屋取士族たちによって各地に伝えられ、さらに隆盛をきわめた。現在確認される沖縄各地の馬場跡は、実に200カ所近くにも及ぶ。だが、人々が熱狂した競馬も、やがて「美しさ」から「強さ」を求める価値感の変化、軍馬生産を目的とした大型馬移入による在来馬の駆逐、また深刻な経済不況の「ソテツ地獄」、忍び寄る戦争の足音とともに姿を消してゆく。伝統文化としての琉球競馬は、現在の沖縄ではまったくと言っていいほど残っていない。
 著者は琉球の競馬文化に魅せられ、そのなかで昭和初期の沖縄で競馬界の頂点に立った名馬「ヒコーキ」を知る。だが持ち主は屋号「ヨドリ与那嶺小」で、中頭の馬であるとの情報以外は不明。わずかな手がかりをもとに幻の名馬の足跡を追って沖縄各地の馬場跡、かつての競馬を知る古老を訪ね歩き、正体をつかもうと試みる。新聞記者ならではのルポルタージュで、読者は琉球競馬の世界へと引き込まれるだろう。丹念な馬場跡の取材を通じて戦前の各集落における馬勝負の様相も浮き彫りとなり、あわせて琉球競馬の歴史を体系的に知ることができる。番外編として伊江島や石垣島・宮古島など各離島における状況も丁寧に紹介されている。
 各地の記録にその名をとどめる「ヒコーキ」だが、取材を重ねても持ち主の手がかりはつかめない。調査が行き詰まっていた時、思わぬところから屋号「ヨドリ」の意味が明らかとなる。ドラマティックな結末は本書でぜひ確認してほしい。時代の荒波に消えていった、誇るべき沖縄の文化が存在したことを知るための一冊である。
 (上里隆史・早稲田大学琉球・沖縄研究所招聘研究員)
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 うめざき・はるみつ 東京・高円寺生まれ。1986年、スポーツニッポン新聞(スポニチ)入社。90年からJRA中央競馬担当。