『島惑ひ』 この国の現状問う


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『島惑ひ』 伊波敏男著 人文書館・2625円

 本書は、130年4代にわたる著者一族の生きざまを描いた人間ドラマであり、同時に大国のはざまで翻弄(ほんろう)され続ける琉球=沖縄の苦悩を綴(つづ)った歴史書である。タイトルの「島惑ひ」は沖縄学の父・伊波普猷が、戦争で壊滅した故郷の将来を案じる思いを表すためにつくった言葉だ。

 著者はハンセン病を患った体験から、国策の過ちがいかにむごい結果をもたらすかを肌身で知っている。ゆえに、この国のありさまと沖縄の行く末に対する憂いは一層深い。執筆には、教師を引退後も環境や基地の問題で市民運動に取り組んでいる兄の勧めがあった。
 「時代の波に翻弄される中、不器用ながらも懸命に生きてきた一族の足跡を辿(たど)ることで、これからの沖縄の進むべき道が見えてくるかもしれない」
 泊武士だった著者の曽祖父は琉球処分後、一家8人を引き連れ、今帰仁に移り住む。生計は広大な田畑が支えたが、長男が知人にだまされ、一家は無一文となる。二男の祖父は、父親の厳命でヤマト政府の官職に就くことも禁じられ、生きる場所を見失う。酒に溺れた祖父の借金のかたに、7回も年季奉公に出された著者の父は、18歳で南大東島に渡り、製糖工場の職に就く。ところが苦労して築いた財産を沖縄戦で失ってしまう。だが灰じんの中から再び立ち上がり8人の子供を育て上げた。一方、大正時代にヤマトに渡った父の弟は、沖縄に対する差別から、姓をイナミと変え、沖縄出身であることを隠して生きていくことを余儀なくされる。
 特筆すべきは、史実関連のみならず伝統文化や風俗習慣など、多岐にわたる資料を駆使している点だ。その結果、時代背景が詳細に描かれ、実に面白い。
 居を構える長野で信州沖縄塾という団体を主宰し、沖縄と、この国の現状を検証する活動を続けている筆者は、「君たちの未来へ」と題した最終章で沖縄の若い世代にこう呼び掛けている。「主体性を失わない集団の尊厳とは何か? 沖縄を故郷に持つあなたたちだからこそ、それを追い求め続けてほしい」と。
 (具志堅勝也・沖縄大学非常勤講師)
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 いは・としお 沖縄県生まれ。作家。人権教育家。著作に「花に逢はん」「ハンセン病を生きて―きみたちに伝えたいこと」など。

島惑ひ―琉球沖縄のこと
伊波 敏男
人文書館
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